Make Your Peace
日々の生活をする普通の人々が平和について考えるサイトです。本ブログは書き手によってカテゴリーを分けています。それぞれの違いもお楽しみください。 by MYP2004


プロフィール

MYP2004

Author:MYP2004
日々の生活をする普通の人々が平和について考えるサイトです。



最近の記事



最近のコメント



最近のトラックバック



月別アーカイブ



カテゴリー



ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる



RSSリンクの表示



ブログ内検索



RSSフィード



リンク

このブログをリンクに追加する



スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。


慰安婦問題解決のために/合同調査委員会の設置を
慰安婦像

今年の8月15日は例年以上に大変だった。
尖閣諸島に上陸した香港の活動家らは無事に強制退去させたが、 
ネットには弱腰だという声があふれている。 

では、どうしろというのか。 中国と喧嘩をせよと? 
私の持論は、「領土問題は双方が冷静になるまで、とにかく凍結」。 
今は、双方のナショナリズムが暴走しないようにすることが大切だ。 

一方の慰安婦問題だが、最近はさすがに全否定は難しくなったためか、 
主に次の二点で反発している。 
1 朝鮮王朝時代、奴婢の女性はひどい扱いを受けていた。 
2 韓国は今も、売春大国である。 
どちらも慰安婦問題とは別ですが、関連づけて反発しているわけだ。 

だが詳細は知らないとはいえ、多くの日本人は内心で過去の過ちを認めている。 
調査をすると八割が認めている。 
つまり慰安婦問題の解決は、黙っている穏健派の動向が鍵なのだと思う。 

私は最近、慰安婦問題を解決しようとしてきた良識派の手法にも、問題があると思うようになった。 あまりにも告発型であり過ぎる。 
「日本はこんなに悪いことをした」「日本人は悪い」という言葉ばかりを繰り返すので、
日本人が根っから、世界で一番残虐な人間であると主張しているように受け止められてしまう。 

もはや戦争体験も風化し、日本人が戦前とは別物のようになっている中、これでは伝わらない。 どうして日本があのようなことをしたのか、全体を俯瞰して説明する必要がある。 
「日本が行なったことは、世界的にも稀な組織的性犯罪であったこと」を前提にした上で、
朝鮮でも中国でも、下層階級の女性が置かれていた状況は悲惨だったこと、
しばしば性奴隷にされていたことも認めてバランス良く説明しなければ、今の日本人を納得させることはできないだろう。 
今、日本社会は女性を大切にしているので。 

また、韓国の協力も必要だ。 
取り敢えず、あまり関係ないアメリカ各地に慰霊碑を建て続けるというやり方は、
穏健派日本人の反発を買い、結果として問題の解決を妨げることになる。 
そうしたい気持ちはよくわかるが、気持ちを満たすことと問題の解決を目指すことは別だ。 

日本に決定的に欠けているのは、竹島問題にせよ慰安婦問題にせよ、韓国の怒りにきちんと向き合う姿勢である。 
政府も外務省も事なかれ主義で、放っておけばそのうち何とかなるだろうという姿勢で今日まで来た。 だからアメリカ中に慰霊碑を建てられてしまうのだ。 

現実的な解決への道筋としては、合同調査委員会を立ち上げて全貌を明らかにするのがいいと思う。 色々反発も出るだろうが、三年位かけて双方から調査を進め、その過程で少しずつ情報を公表していけば、その都度大騒ぎになったとしても、徐々に事実が浸透していくのでないかと思われる。 
というより、他に方法がない。

韓国としては腹に据えかねるだろうが、謝罪を要求し続けても事態が進展しない以上、
こういう合同調査が一番現実的な解決方法ではないか。


 




韓国選手の「独島」示威行為は誰に向けたものなのか
示威

  私はいつも韓国人選手の、「独島は我等のもの」という示威行為を不思議に思っていた。あれは誰に向けたものなのか。日本人向けなら、一部でも日本語で書かなくては意味がない。世界に向けた示威行為なら、やはり英語で書くべきだろう。でもたいていハングルなのだ。あれでは、北朝鮮の人間にしか伝わらないではないか。

 その謎が今回解けた。あれは恐らく韓国国民向けの示威行為なのだ。つまり、韓国人としての一体感を確認するための行為なのではないか。私がこういう仮説を立てたのは、今回このハングルが読めたからである。

 昨年の夏から勉強を始めて、何とか読むことだけはできるようになったのだ。そして、読めたとたんに謎が解けたのである。あの示威行為は、ハングルが読める人間にこそ伝わるメッセージだ。あのプラカードを作った男性も、「日本人に敵愾心は持っていない」と言っている。

 もしこの仮説が当たっているとしたら、韓国は今後、一体感を違うものに求めた方がいい。韓国選手は度々、こういう示威行為を繰り返してきた。それが今まで問題にならなかったのは、一つにはハングルが読める人間が少ないこと、主に日本を対象にしていること、そして韓国があまり目立たなかったからだ。

 しかし、韓国の存在感は以前より大きくなっている。韓国自体が、国際的な批判にさらされる場面も多くなってくるはずだ。世界には様々な文化がある。私が常々感心している韓国の激しい抵抗文化も、肯定的に受け止められるとは限らない。これからは色々問題が起きてくるだろう。

 私は領土問題で他国と争う気はない。ほとんどの領土問題が島をめぐって起こるのは、そもそも海に国境線を引くのが無理だからだ。近代国民国家の在り方自体が紛争を招くのである。そういう国家の在り方が変わるまで、50年ぐらい棚上げにしておけば、そのうち解決の道も見つかろうというものだ。

 それにしても、政府と官僚の無為無策と外交の機能停止で、竹島・尖閣諸島・北方領土と、領土問題が深刻化している。政府も外務省も難しい問題から目をそらせ、正面から話し合いをしようとしない。玄葉外相は韓国や中国を避け、無意味な外遊ばかり繰り返している。

 一方で、領土問題は国民を簡単に「団結」させ、下手すると軍事衝突すら招く。これだけは絶対に避けなくてはならない。両国の国民が国家の威信と自己を一体化させることなく、冷静さを失わないことを祈るばかりだ。

 最後に自戒を込めて・・・「愛国心は卑怯者の最後の逃げ場」(サミュエル・ジョンソン) 「愛国者に満ちあふれた世界は、紛争に満ちた世界になるだろう」(バートランド・ラッセル) 「愛国心は子どもの病気である。それは人類の麻疹である」(アルバート・アインシュタイン)

 

「焼き場に立つ少年」原爆投下後の長崎で、死んだ弟を火葬するために順番を待つ少年の姿
焼き場に立つ少年

  1945(昭和20)年9月、長崎で撮られた有名な写真「焼き場に立つ少年」。撮影したのは、軍命で原爆投下後の長崎を訪れたカメラマン、ジョー・オダネル氏である。原爆の破壊力を記録する任務を帯びていた。

 小高い丘で、生き残ったものたちが遺体を焼いている。そこに10歳ぐらいの少年が、幼児をおぶって歩いてきた。そういう少年の姿は、当時の日本では珍しくなかった。だが大人たちがおんぶ紐をほどいて少年から幼児の体を離した時に、オダネル氏は初めて、その幼児が死んでいることに気づいたという。

 以下はオダネル氏の回想である。「大人たちが幼児の遺体を焼き場の熱い灰の上に横たえると、まず幼い肉体が火に溶けるジューという音がして、まばゆい程の炎がさっと舞い立った。真っ赤な夕陽のような炎は、直立不動の少年のまだあどけない頬を赤く照らした」。

 「その時だ、炎を食い入るように見つめる少年の唇に、血が滲んでいるのに気が付いたのは。少年があまりきつく噛み締めているため、唇の血は流れる事もなく、ただ下唇に赤く滲んでいた。夕日のような炎が静まると、少年はくるりときびすを返し、沈黙のまま焼き場を去っていった」。

 オダネル氏は公式な記録写真とは別に、自分のカメラで密かに三十枚程の写真を撮った。だが帰国後にその記憶に悩まされ、全てのネガを屋根裏部屋のトランクに入れて封印したのである。しかし晩年になって、原爆の悲劇を訴える決意をする。

 1990年にアメリカ各地で写真展の開催を試みたものの、受け入れる施設はなく、写真集を出そうとしても引き受ける出版社もなく、周囲から批判され、その行動を理解できない妻と離婚せざるを得なくなった。そしてみずからも内部被曝による原爆の後遺症に苦しみながら、一昨年、83年の生涯を閉じた。

 昨年、国連本部で原爆に関する常設展示が行なわれることになり、長崎はこの写真を提出した。だが却下されたのである。「直立不動が軍隊みたいだ」「泣いていないじゃないか」といった反対意見があったという。当時の日本人は、今よりもっと感情を出さなかった。グローバル化の時代とはいっても、本当のところはなかなか理解されないものである。英語で日本人のこういう行動を説明するのも難しい。

「おおかもこどもの雨と雪」狼とすら共存しようとした、日本人の自然観を美しく描く
おおかみ

 自然を畏れ自然から学び、狼とすら共存しようとした日本古来の自然観を、アニメならではの手法で美しく描いた佳作。心が洗われる物語だ。最後に流れる歌も心に滲みて、思わず涙が流れた。こういう自然観を失った末路が、原発大国への道だったのである。

 日本には、狼を祀った神社が各地に残っている。特に秩父地方に多く、今でも年老いた宮司が月に一度、山に登って、幻の狼のために食事を備える。狼は人間の手に触れたものは食べないということで、手で触れずに御飯を炊くのである。

 近代化と富国強兵政策で、日本人は日本狼を絶滅に追い込んだ。神格化された狼はかつて、「大口真神」と呼ばれていた。素晴らしい名前だ。この四文字を見たたけでイメージが湧く。漢字は全く素晴らしい。

JUDOではなく柔道だから/日本は日本の道を往け
柔道

 日本柔道が勝てない。最大の理由は柔道人口が減っていること、そしてグローバル化したことである。柔道は葡萄だから礼節にうるさく、今の若者には敷居が高い。一方、外国ではスポーツとして捉えられている。

 今や柔道人口が最も多いのはフランスだという。ヨーロッパのドラマを見ていると、「これから柔道の教室に行く」といった会話が普通に出てくる。あの少し特異な武道が、ここまで広まるとは思わなかった。

 で、世界に広まった結果、柔道は変質した。JUDOというスポーツになったのである。オリンピックを見ていると、レスリングに近くなったように思える。この流れを決定的にしたのがカラー柔道着の導入だった。この流れを主導したのは、ヨーロッパ柔道連盟を率いるオランダ人のヘーシンクである。

 開催国の特権で柔道がオリンピック種目となった1964年の東京オリンピックの無差別級で神永を倒し、日本の全階級制覇の夢を打ち砕いたヨーロッパ柔道の草分けである。あの時に生まれていた日本人にとって、決して忘れることのできない名前だ。

 ヨーロッパに柔道を広めたのは自分だという強い自負を持っていたヘーシンクは、お家芸として独特の美学を要求する日本柔道連盟と対立し続け、ついにアフリカ諸国を味方につけて、カラー柔道着導入を実現した。テレビ映りがいいからである。白い柔道着に深い意味を込めている日本柔道界は衝撃を受けた。あの時に、今日の状況は予測できた。できなかったとしたら、それは油断だ。

 JUDOは勝つためのスポーツである。柔の道ではない。日本柔道の美学は世界標準にはならなかった。いや、なれなかった。だがそれは仕方がない。世界に広まる過程で、柔道の多様化は避けられなかった。

 そこで日本柔道はどうするか。勝つためにグローバル化の道を往くか、礼節を重んじる独特の美学を貫くか。私は後者の道がいいと思っている。日本は日本の柔道を貫けばいい。必ずしも勝てないだろうが、それで構わない。勝つために大事なものを捨ててはいけない。無駄な競争から降りる勇気が必要だ。おお、これぞまさに日本の往くべき道だ。

 ところでTwitterを見ていると、外国人選手の柔道着の着方に対する批判が多くて笑った。乱れを直さない、だらしがないと文句を言っている人が多い。そうそう、この細かさが日本人なのだ(笑)







上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。