Make Your Peace

日々の生活をする普通の人々が平和について考えるサイトです。本ブログは書き手によってカテゴリーを分けています。それぞれの違いもお楽しみください。 by MYP2004

米兵だけが悪いのではない〜沖縄の米兵少女暴行事件〜


沖縄でまた、嘆かわしい事件が起きた。
米兵が中学生の少女を暴行したというのだ。

沖縄県、政府、沖縄の駐留米軍、米国大使館などが遺憾の意を表明、
(この遺憾って言葉、便利な言葉だね)
米国では兵士教育プログラムの見直しなどを実施するそうだ。

しかし責任は事件を引き起こした米兵だけにあるのではない。
事件を起こした兵士を処罰し、今いる兵士たちを締め上げるだけで
問題が解決するとは到底思えない。

最も問われなければならないのは、
遠く太平洋を隔てて派遣された兵士たちが、
異国の地に駐留するという現状をだらだらと継続し続けることだ。

沖縄県知事も、福田総理も、高村外相も、町村官房長官も、シーファー大使も、
本音はこんなとこだろう。

「岩国市の1件もやっと落着し、これで米軍再編がようやく進もうというときに、
 バカな黒人がなんということをしでかしたのだ」

彼らの傲慢な嘆息が、僕の耳に聞こえてくる。


by 花なきバラ

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自由を! 「日本国憲法」とベートーベン


大学では一応、法学部だった。
ゼミは「日本国憲法」のゼミだった。
しかし、あまり専攻の学問を学んでこなかった。
不真面目な学生だった。

しかし、ただ一つ、鮮明に記憶していることがある。
日本国憲法の講義の冒頭、演壇の講師は、
「憲法には名宛人がある」
と言った。
「名宛人」、つまり日本国憲法は誰に対する法律なのか、ということだ。

その講師は「憲法の名宛人は、国家権力である」と言った。
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安倍晋三氏の奮闘に期待する

いわゆる「ガソリン国会」が始まり、
ガソリンの暫定税率をめぐって、与野党の駆け引きが盛んだ。
しかしこの暫定税率、新聞やニュースで報道されているが、
そもそも日本の戦後復興から高度成長時代の道路整備の財源にその端を発しており、
さらにオイルショック時の需要抑制のために設定されたものであった。
いうなれば、戦後に作り上げられた日本の国や体制そのもの
そう、暫定税率という仕組みは「戦後レジーム(体制)」なのだ。

今、国会は風雲急を告げている。
「戦後レジーム」の象徴ともいえる暫定税率の仕組みをめぐり、
いうなれば応仁の乱を彷彿とさせる、基軸なき混乱の様相を呈している。
次なる時代はまだ見えない。

今こそ「戦後レジームからの脱却」を掲げて颯爽と登場しながら、
志半ばで、さながら五丈原の諸葛孔明のように無念にも病に倒れた
安部晋三氏の再登板が渇望されるわけだ。

昨年末、氏は国会にその雄姿を垣間見せた。
先日は地元支持者の前で「戦う政治家として再び全力を尽す」
とその深き決意の一端を披露なされた。
その氏の姿に、一抹の不安、もとい、一筋の光明を見出すのは、
果たして私一人だろうか。(そうだろうな)

今こそ、氏が一人立つ精神をもって「戦後レジーム」からの脱却のため、
粉骨砕身、奮闘されることを心より期待する。
私は陰ながら、氏の奮闘を「正露丸」をもってご支援申し上げることにしよう。

by兵士シュベイク

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ベートーヴェンの第九「歓喜の歌」

年末というと、よく耳にするのがベートーベンのいわゆる「歓喜の歌」だ。
年の暮れに「歓喜の歌」を聴くというのは恐らく日本だけだろうが、
間もなく明けようとする新しい年への希望を膨らませるには、
ぴったりの曲だと思う。

ベートーベン 交響曲第9番ニ短調 作品125「合唱付」。
この曲はあらゆる点で「破天荒な作品」だった。

初演の時に大喝采を受けたものの耳の聴こえなかったベートーベンは気づかず、
アルト歌手が彼を聴衆の方に振り向かせたというエピソードが伝わっているが、
この曲はベートーベンの生前には全く評価されなかったらしい。
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次の社会のあり様〜エキスポランド入場者激減のニュースに思う〜

エキスポランドのジェットコースター事故から既に半年。営業再開後も施設の不具合が続き、入場者は前年比2割にまで激減(2割減ではない)、今後の経営が危ぶまれる状況にまで陥っている。
▼エキスポランドはもとは1970年に大阪で開催された万博の会場。「人類の進歩と調和」をテーマに開催された万博は日本の各種団体、世界各国がパビリオンを出展、科学技術による人類の輝かしい未来図を描いた。あれから30年あまり。「進歩と調和」の帰結が前途ある若い女性の事故死というのはあまりにも悲しい。
▼今振り返ってみれば万博とは日本の高度成長が一段落し、次の段階を様々な角度で模索したものだったと言うことができよう。科学技術は大きく進歩し、現在の私たちはその恩恵を様々な形で享受してはいる。
▼しかし今、それら進歩のひずみがそこここに見受けられるように思われる。何よりも右肩上がりの成長と進歩を前提にした制度設計は明らかに破綻をきたしつつある。そして私たちはそれに変わりうる新たなシナリオを未だ描けていない。
▼まずは「成長し続ける」という一種の強迫観念のようなものから抜け出る必要があるのではないか。新しい社会のありようは一人ひとりの意識の持ちようを変えるところから生まれるような気がする。

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