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日々の生活をする普通の人々が平和について考えるサイトです。本ブログは書き手によってカテゴリーを分けています。それぞれの違いもお楽しみください。 by MYP2004


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関越のバス事故/元中国人運転手はなぜ、個人でバスツァーを企画していたのか
富士山

関越バス事故の続報。
あの元中国人運転手、残留孤児二世だそうだ。
バス会社から名義を借り、自分で企画して中国から客を呼んで、
さらに自分でガイドも務めるバスツァーを実施していたとか。
ホテルでもその手配をしていた可能性が高いらしい。

日雇で、バス会社から仕事の依頼が来るのは月に一度位だったというから、
収入のほとんどは個人企画のバスツァーから得ていたのではないか。
生きていくために必死だったのだろう。

知り合いの通訳ガイドは早くから、こうしたツァーの実態を懸念していた。
このようなツァーが増えた背景には、とにかく中国人を呼ぼうという国の姿勢がある。
そして違法すれすれの実態を知っていて、見て見ぬふりをしている。
目先の利益のことしか考えていないのだ。
こうなることは目に見えていた。

とにかく何でも中国人頼みで、同じことを繰り返している。
80年代は雨後の筍のように日本語学校ができて、来日した中国人だちが次々に犯罪者に転落した。今は東大を筆頭に、大学が中国人をあてにしている。
最近は通信制高校まで、中国人の取り込みに必死なのだ。
そのうちトラブルが多発するだろう。

民主党の輿石幹事長は中国へ行って、「東北の被災地に来ればビザを優先的に出す」と言ったとかで、人民日報が怒っていた。
当り前だ。日本人だって放射線量を気にしているのだから。
百貨店も、恥ずかしげもなく中国人に依存。
今度お台場に出来たダイバーシティだってそうだ。
今どき、ファストファッションの店ばかり並べてどうする。
どうせうまくいかないだろう。

これが、国や財界が合い言葉のように繰り返す 「アジアの成長を取り込む」戦略の中身なのだから、お粗末の一語である。
要するに、中国人を「歩く財布」とみなしているだけだ。

こういう状況は日本だけでなく、台湾も韓国も、そして欧米もそうなのだろうが、日本が同じことをしていいのか。




[READ MORE...]

原発マネーと東大話法/上から目線、当事者意識ゼロ、無責任
班目

8日(木曜日)の夜に放映された、NHKスペシャル「調査報告・原発マネー 3兆円はどこへ」。
人口減や地域経済の不振に悩む自治体が、原発マネーに依存していった実態を当事者たちが語っている。
「迷惑施設に対する負担金」という、誰もがわかっていても口に出さない言葉も出てきた。

それにしても最大金額を受け取っていた柏崎市が、今多くの借金を抱えているのには驚く。
原発交付金や寄付金で立派な公共施設を建て、その維持費が重くのしかかっているのだ。
例えば市立博物館。収入が年に90万円なのに、維持費が300万円だというから話にならない。

常識で考えて、どうしてこんな施設を作ってしまったのかと思うのが、
原発マネーで潤うというのはこういうことなのだろう。
市民の税金だけではつくらなかったと思う。

六ヶ所村を抱える青森県は、県が設立した財団が一括して寄付を受けていた。
関係者は「要するに貧乏県なんですよ」と、これもタブーになっている言葉を口にした。
「迷惑施設」を「貧乏県」につくって、その代わりに金を出す。
それも有り得ないほどの金額だ。
麻薬中毒と同じ、国家によるシャブ浸けである。

これらのことは実は、誰もが知っていた。
関係者がはっきり言ったことに意義があるのだ。
だが、「復興のためには原発交付金が必要だ」とまで言われてしまうと、もはや言葉もない。
何という負のスパイラルだろう。

ところで、自治体関係者の言葉にはそれでもまだ苦渋が滲み出ていた。
問題は原子力村の側だ。
官僚OBらの言葉を聞いて私はびっくりした。
「期待し過ぎなんですよ。地域振興は自分たちの努力でやるべきです」。
そう笑いながら言うのである。

上から目線、当事者意識の希薄さ、客観性を装った無責任体質。
これぞ東大話法である。
安富歩著「原発危機と東大話法 傍観者の論理・欺瞞の言語」を参照されたい。
「社会が暴走を始める時、決まって言葉の空転が起こる」という著者の指摘は鋭い。
心ある人々を愕然とさせた原子力安全委員会の班目委員長の言説が、その典型だろう。

ところで、東大話法を使うのは原子力村に限らない。
最近もてはやされている若手の中にも、東大話法を使う人間はいる。
データから見る限り日本の若者は自分を幸せだと思っていると主張して、
注目されている古市某なる社会学者も、20代にしてその萌芽が見られる。

またTwitterで注目されて、あちこちに顔を出すようになったアメリカ帰りの元金融ウーマンも、
データやグラフを駆使したプレゼンに近い独特の話法を使う。
これなど新種の東大話法である。

東大話法を使うのは、いわゆる制度的学校秀才の特徴でもあるが、本人たちに自覚がないからタチが悪い。
重要なのはこれに振り回されないことだろう。
「頭がいい」ということの内実をよく考える必要がある。
社会の知恵が試されているのだ。




張作霖爆殺は関東軍の仕業と知る/石射猪太郎「外交官の一生」が面白い
石射猪太郎の回顧録「外交官の一生」を読んでいる。
文庫本で500ページ余り。
この人、東亜同文書院の出身なのだ。
何と1908(明治41)年の卒業である。

今日やっと1949(昭和4)年の所まで来た。
ロンドン軍縮会議の前年である。
7月、浜口内閣成立の翌日に、赴任先のロンドンから帰国の途につく。

パリ、ベルリン、モスクワを経由してチタに付くと、
折しも東支鉄道問題で張学良軍とソ連軍が撃ち合っていて満州里には行けず。
ウラジオストックから敦賀を経由して東京着。

そしてすぐに吉林に赴任する。
途中、奉天総領事からの内輪話で、張作霖爆殺が関東軍の仕業だと知った。
東南に松花江を臨む吉林には当時、千人あまりの日本人居留民がいた。
その主流は木材業者で、敦化方面の奥地から木材を切り出してきて、
満鉄に売っていたのだ。
松江日報という日刊紙が発行されていて、芸者置屋も数件あった。

これから満州事変の話になる。
続きを読むのが楽しみだ。





浅川巧の生涯を描く「道~白磁の人~」が完成
道


日本統治時代の朝鮮で、山野の保護と白磁の魅力紹介に努めた浅川巧の生涯を描いた映画、「道 白磁の人」が完成した。六月に公開される。

製作していたシネカノンが倒産した時は、もうダメかと思ったが、
韓国政府の助成金を受けて撮影が再開された。
こういう映画に助成金を出すところに、韓国人が取り戻した自信を感じるし、
それが日本にもいい影響を与えるということがわかる。

題名も素敵だと思う。
片仮名や横文字にならなくて良かった(汗)

例によって公開前、日韓のネット右翼に罵倒されるだろうが、
自然との共生を志向する今の時代にも合っているし、配給会社が上手に宣伝すればイケるのでは。
日韓双方で、多くの人に観てもらいたい。
「朱蒙(チュモン)」に出演していたべ・スピンも出ているし(笑)

予め内容を公開して宣伝すると邪魔が入るのを懸念しているか、
『「道 白磁の人」完成! 六月に公開』という地味な予告篇を映画館で流している。
公式サイトもできた。
メイキング映像も観られる。
http://hakujinohito.com/



NHKに無視された「さようなら原発」集会とデモのルポ/青山通りと渋谷のタウンウォッチングつき♪
写真3

19日の新宿デモでショックを受けた私だが、今日は明治公園に行ってきた。
(この新宿デモについては、二つ前の記事を↓
 目の前で参加者が次々に逮捕されていった/私が体験した9.11新宿反原発デモ)

明日は野田首相が国連で、原発推進政策維持を表明するという。
全くふざけた話で、これが許せるかという気分である。

集会開始時刻に合わせて千駄ヶ谷駅に降りると、ホームに人があふれていた。
なかなか改札を出られない。
花火大会のようだ。
やっと改札を抜け、人の流れに乗って明治公園に着くと、そこはもう人で一杯だった。
誰かが話していたが、遠くて姿も見えないし声も聞こえない。

娘と一緒にステージの横手まで何とか移動して、やっと落合惠子が話していることがわかった。
山本太郎が登場すると、一気に会場が盛り上がった。
華があり、若さと情熱があふれていた。

今回の「さようなら原発集会」は、大江健三郎・落合恵子・内橋克人・鎌田荢・坂本龍一などが呼びかけたものだ。
「いつものメンバーだね」という揶揄の声もあったが、仕方ないではないか。
それより下の世代は、ビジネスに熱中しているのだから。

(何をもって有能だというのかわからないが)今の日本は、有能な人間は皆ビジネスの世界に行くという、アメリカ型の社会になっている。
政府や財界が、政策的にそういう社会をめざしてきた成果である。

お陰で皆ビジネスに熱中している。
男性だけではない。
元客室乗務員もアナウンサーも幸せ主婦も美魔女も、みんな「ビジネス、ビジネス」である。
マスコミもそれを持ち上げる。
市場経済に適応できない人間は、無能だと言わんばかりだ。

かつて、はみ出し者の居場所だった受験産業でも、今や偏差値秀才しか講師になれない。
「リスクは避け、利益にならないことはしない」という風潮が、知識人や文化人を小粒にし、傍観を招いている。
そもそもグローバル経済は本質的に、既成秩序に適応する人間を求めるのである。
教育は、そういう人材を提供する道具になっているのだ。

というわけで、サブカル系の新宿デモに比べて、少し平均年齢高めのデモが始まった。
だが子どもが手を離れ、定年を迎えた世代がデモに参加することは、誉められこそすれ笑われるようなことではないと思うが。
中には車椅子で参加された高齢者もいて、その意志と行動力には頭が下がった。

人数が多いためか新宿デモの教訓からか、コースは三つに分かれていた。
私は個人主体のAコース。
とにかく参加人数が多いから、スタートまでにすごい時間がかかる。
デモの出発点にふさわしい広場がないことが問題だ。

秩父宮ラグビー場の前を通って外苑前の交差点に出るまでは、本当に少しずつ前進することしかできなかった。
人通り(ギャラリー)も少ないし。
あまりにも前に進まないので、本を読んでいる人もいた。

でも青山通りに入るとギャラリーも増え、ラフォーレ原宿に差しかかる頃にはデモは注目の的になった。
私も張り切って声を出す。
特におしゃれなカフェの前を通る時など、「聞いてもらいたい」という気持ちになるのか、みんな一段と声を張り上げる。

ハンドマイクを持っている人が「お食事中の皆さん!」と声をかけると、笑いが広がった。
「米食わせろ!」「きのこ食いてぇ!」というシュプレヒコールもあった。
和気あいあいである。
ハンドマイクで何かを言い続けるというのも大変で、ど素人だけの集まりでは無理だ。
かと言って黙ってぞろぞろ歩くのもおかしい。
何だかんだ言っても、ネトウヨさん言うところの「プロ市民」がいなければ、やはりデモは成り立たないとわかった。

通りがかりの人が拍手してくれたり、車からクランクション鳴らしてくれたり。
脱原発世論が広がっていると実感した。
だが、政治や経済の仕組みがそれを阻んでいるのである。
ここを突破するために、もう一押し二押し!

青山通りにはふだんあまり来ないので、きょろきょろと周囲を見回して観察してみた。
久し振りに来てみると、ずいぶん感じが変わっていた。
10年程前、青山通りにはグッチやルイヴィトンなど、ヨーロッパの老舗ブランドが軒並み旗艦店をオープンさせた。
日本の若者はまだそういうものを追いかけていたし、そういうものを買う経済力もあったのである。

だが数年前からグローバル経済の更なる拡大に伴い、H&MやZARA、フォーエバー21のような、1シーズンしか着られない安い服を売るファストファッションが席巻。
今やブランド品を買いあさるような女性は少数派になった。
特に20代では、もはや高級高額品に憧れる若者はいない。
青山通りの高級ブランド店は閑散としていて、時代の変化を物語っていた。

だが、ファストファッションにも問題が多い。
背景に若者の非正規雇用化と貧困化があるからだ。
ファストファッションは若者の未来をむしり取っている。
数千円で服が買えるのに、年金料を払おうと思うだろうか。

だがこの震災で、若者の意識はさらに変わった。
ある調査によると、「一年しか着られない安い服と、少々高くても数年は着られる服とどちらが欲しいか」という設問に対し、震災後は8割が後者を選んだという。
ファッションプロデューサーの小島建輔は、「ファストファッションは終わった」と明言している。

一緒にデモに参加した娘も、「ファストファッションは安かろう悪かろうでセンスも悪い。服を買っては捨てるなんて、ゴミも増えるし倫理的にも良くない」と批判的だ。
「これからは、長く着られる服を大事に着回しながら、後はフリーマーケットなどを利用して交換するのがいいと思う」と言っている。
悲惨な震災だったが、こういう堅実な価値観を生んだのがせめてもの慰めだ。
これほどの犠牲の上に生まれてきた堅実な生き方を、私たちは大切に育んでいきたい。

渋谷の東急本店前には一昨年、大型書店が撤退してH&Mが出来た。
六階建てのビルが丸ごとH&Mなのである。
マスコミは大騒ぎしたが、入ってみるとショボい。
先端をいっているようで実は画一的でしかない。

H&Mがスウェーデンのブランドだというのがさらに驚きだったが、
つまりグローバル経済と新自由主義が、北欧にまで入ってきているということなのだ。
これが、ノルウェーで排外主義者が銃を乱射した事件の背景にある。
ヨーロッパの老舗ブランドがグローバル経営に乗り出したのも、
創業者の子や孫たちがアメリカに留学して、MBAを取り出してからだ。
何かが失われて経営姿勢が変質したのである。

北欧発とは思えないH&Mの派手で安手の服を見て、私は暗い気持ちになった。
そのH&Mも、日本での収益が急速に下がっているそうだ。
東急本店前のH&Mも来年には無くなるかもしれない。

デモは明治通りから西武の前を通過した。
パルコが無くなって、このあたりも一時の勢いはない。
渋谷は80年代、セゾングループの仕掛けでいきなり消費の街に変貌、バブル期に隆盛を極めた。

だが、消費だけに依存した街はいつか停滞する。
街の命はやはり生活文化だ。
生活文化を破壊して消費の街をつくっても、その繁栄は期間限定である。
渋谷を歩きながら私は、いままた各地で繰り返されている再開発と消費化の行く末を思った。

さて、デモは警察官の過剰警備もトラブルもなく終了した。
途中で、日の丸の扇子を持った目つきの鋭い男性が座り込んでいて、横に三人の警察官が立っていた。
男性が動くと警察官も一緒に動く(笑)
横断歩道を渡る時に走ったら、「急がなくても、転ばない程度でいいですよ」と言われた。
そんなに走り方が危なっかしかったか(汗)

つくづく、前回の新宿デモが異常だったのだと思った。
主催者が反権力反権威を標榜しているからだろうか。
もう一度行って確かめようかと思うが、家族が反対している。

デモはNHK前で流れ解散となり、それぞれ休憩したり原宿駅に向かって歩いたりした。
まだ他のグループのデモが続いている。
労働組合が多いBグループは、中年男性が太い声で叫んでいるせいか、シュプレヒコールが少し過激に聞こえた。
別に過激なことは何も言っていないが、道往く人にはそう見えたかもしれないということである。
私が参加したAグループは、女性と若者が主導していたので傍目にも和気あいあいに見えたと思う。

日本のような難しい社会では、正直どう見えるかということも無視できない。
やっと一般市民がデモに参加するようになったのである。
ここは考えて行動しする必要がある。
大勢が体にゼッケンを付けて歩くのも考えものである。
服装も大事だ。
私も今日はとっておきのネックレスを付け、アイシャドウまで塗って参加したが、誰も見てくれなかった。

とにかく、センスのいい人たちの集まりという印象を与えることが大事だ。
娘は「デモにもコンサルタントが必要ではないか」と言っていた。
確かに。電通や博報堂はやりそうにないし。
自分たちでやらるしかない。
それにはまずノウハウの蓄積か。
やはり「プロ市民」の知恵も借りる必要があると思った。

なお今日は多くの参加者がいたが、動員も多く様々な主張を持った人が集まっていた。
一番驚いたのは革マル派の横断幕である。もはや天然記念物!
チラシも配っていたが、さすがにガリ版刷りではなく進歩が見られた。
「僕たちずっと日大全共闘」という幟もあって、笑ってしまった。

「憲法改悪を許さない会」のような幟もあって、批判も色々出るだろうが、誰がデモに参加しようが自由だ。
政治的主張を持ったグループは参加してはいけないというのも、おかしな話である。
動員は悪とされているのもおかしくないか。
日本のように、高度情報消費社会で個人が孤立させられている社会で、100%自主的に集まったデモでなければいけないというのは非現実的である。
実際、欧米のデモだって動員が多い。

だが日本でデモを日常に定着させるためには、あまり政治化させないという戦略も必要ではないだろうか。
その辺のさじ加減は難しい。
今後の課題だろう。

写真は表参道をゆくデモの様子。
ブレていて申し訳ないが、この写真が一番躍動感を伝えているので。





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