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日々の生活をする普通の人々が平和について考えるサイトです。本ブログは書き手によってカテゴリーを分けています。それぞれの違いもお楽しみください。 by MYP2004


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あの日から13年
阪神淡路大震災から13年がたちました。

あの時、1歳9ヶ月だった娘は、今、高校受験勉強の最中。
あの日、どうにも絶望しかなかった神戸の町で、僕らは今、なにごともなかったかのような生活をしています。


疲れ果て、それでも頭の芯に妙な冴えが残り、熟睡できなかった明け方・・
ようやく切れ切れの眠りの中に落ち込んだとき・・いきなり体が浮かび上がる感蝕・・
何が起きたのか分からないままに、布団をかぶり、体を曲げて本能的に身を守る事しか出来ませんでした。

色々なものが壊れる音、ガラスの割れる音・・
揺れが収まり、気がつけば周囲は真っ暗で、遠くで誰かの悲鳴が聞こえるだけの朝。

幸い、妻も子供も無事で、我が家はどこよりも早く懐中電灯を見つける事が出来たため、それを持って同じ棟の他の部屋の方々の様子を伺いに行きました。

何が起ったのか分からず、多分、地震だろうと・・
そう言えばと誰かが車のエンジンをかけ、カーラジオのスイッチを入れ、どうやら関西でおおおきな地震があったらしい事だけは分かりました。

その日、僕の友人や友人の家族が何人も命を落とし、何十人もの人が家をなくしました。

朝日が昇ってから自宅横の山に登り、遠く須磨のほうをみると、太く真っ黒な煙が立ち上っていました。
「あ・・雪・・」
誰かが白いものが降ってくるのをみて、そう言いましたが、それは雪ではなく、灰でした。

あの日から少なくても半年ほど・・
僕は絶望感に打ちひしがれていました。

時が経てば傷は癒され、その分、地震の記憶も風化していきます。
知人が命を落としたその場所には、今立派なマンションが建っていて、幸せそうな明かりが窓から洩れています。

阪神淡路大震災とは何だったのか・・

今もって僕の心は整理できていません。

ところで、僕の地元・・舞子に舞子高校があります。
この学校は全国で唯一、「環境防災科」を設定し、被災地ならではの教育に取り組んでいます。

ですが、生徒さんは既に震災当時は幼児だった人ばかりになってきています。
語り継ぐ事の大切さ・・
そしてその事の難しさをこの学校は発信し続けています。

というのも、環境防災科を企画し、立ち上げた当時のある先生は、実は広島のあのキノコ曇を肉眼で見た人なのです。
語り継がねばならない事・・
それを誰よりも良く知っている人が、震災という体験を得た神戸だからこそ立ち上げたのがこの学科だったわけです。

天災とはなにか・・

考えても答えなど出ないかもしれません。

でも、答えを出すよりもまず、語り継いでいこう・・
その意気込みに僕らも少し元気になっていくのです。
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テーマ:兵庫県 - ジャンル:地域情報


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