けれどもそれから20年、現状はどうだろうか・・
国鉄を分割民営化した各会社間の相互直通運転は大きく減少し、例えば関門海峡を挟んだ区間などは、北九州市と下関市の都市間輸送として有望な区間であるけれども、際めて不便な状況に至ってはいても改善される様子すらない。
ここを直通運転できる車両は経年劣化が進行し、新たな車両を作る気配すらない。
この状況が拡大しているのがまさに夜行列車の安楽死につながっていると僕は考えている。

現在の鉄道営業者は3種に分けて存在しており、JR旅客会社は基本的には第1種事業者に当てはまり、別の会社の路線において営業を出来る第2種鉄道事業者にはなっていない。
(大都市において上下分離方式で建設された都心の地下路線などでは第2種事業者になっているが)
結果的にこれが相互乗り入れによる直通運転を疎外しているわけなのだけれども、大都市やその近郊における相互乗り入れとは異なり、「社会的使命」が表に出る・・言わば儲からない仕事でもある。
経済の低成長時代において、こういった社会的使命だけがその存在基盤であるJR各社間の相互乗り入れは基本的には減少して行くのが道理であろうと僕は思う。
鉄道と言うものが根本的に民営であるとする米国においてさえ、会社間の輸送を確保し、鉄道の社会的使命を果たすために「Amtrack」が存在するのとは異なり、日本においては全国を一元化する輸送をその使命とするのは「日本貨物鉄道」・・JR貨物だけであり、旅客輸送を考えた政策も存在しないし、その必要性も政府部内で論じられた形跡すら存在しない。
故橋本元総理が「国鉄の分割民営化は失敗であった」と述懐するその中身は、頻発する大事故とともに、日本列島各地を直接結ぶ列車の大幅な削減にあっただろう。
東京と直結する夜行寝台特急「出雲」の廃止を鳥取県が受け入れず、結果として存続する別の列車への接続便を設けさせた事例などもこれに当てはまるだろう。
今では最盛期の数分の一に落ち込んでいる夜行列車は来年春のダイヤ改正から現実に消えて行く。
「銀河」「なは・あかつき」をはじめとして、これから数年でその活躍を見る事が出来なくなって行くだろう。
本来、民営化されたJR各社にこういった相互乗り入れの直通列車の存在こそ、JRが民鉄とは異なる存在意義を顕すものだと言う認識があって始めてその存在が可能になる長距離夜行列車群・・
その存在が危うくなっている現実こそ、鉄道と言うものが社会的使命を得られなくなって行くその前兆だと僕には思えてならない。
鉄道ファンは消え逝く名列車に思いを馳せ、自らの思い出を最後に止めればそれで済むのだろうが、鉄道の社会的存在基盤を思うとき、理論で夜行列車存在の必要性を、その不要性を唱える人たちを論破できない脆弱性こそ、実は鉄道の存在基盤を揺るがすものであると言う事を、鉄道ファン諸氏には深く心に念じて頂きたいとも思うのだ。
趣味だから、最後となったら乗りに行く・・
これでは鉄道ファン諸氏の思うような鉄道の復権などできる筈もなかろう。
米国でさえ鉄道ファン諸氏の動きによりLRTや長距離列車の復権が叶っている事を思えば、日本において、まだ充分に可能性のある夜行列車廃止論に傾く世論を、夜行列車の存続や復権に向けた動きに出来るのではないかと僕などは考えてしまう。
所詮、日本の鉄道ファンは「オタク」の域を出ないのだろうか。
いや、そんな事はない。
日本で最初にSLの保存運行を実現し、今やテレビや映画では大切な撮影場所となっている大井川鉄道のSL復活や、貴重な車両の保存には当時のファン諸氏の熱烈な運動があったのもまた事実だ。
鉄道はCO2排出のきわめて少ない優秀な交通機関である。
鉄のレールと鉄の車輪と言う組み合わせは、エネルギーの無駄を最小に抑えながら、かつ大量の輸送が出来る利点を持っている。
貨物輸送がここ数年でずいぶん、鉄道にシフトしているようだが旅客輸送も、ある程度以上の需要が見込まれるのであるならば、鉄道にシフトして行くのが国家政策としては望ましい筈だ。
鉄道を愛する方々・・
世論を形成して行きたいと思うがいかがだろうか。

