いい度胸である。
でも出演者は豪華だし、どんな感じかなと一話目の「天国と地獄」を観た。
期待した方が無理だった。
冒頭の5分で飽きてしまった。
テレビというメディアの日常性も、緊迫感を薄めてしまう要因の一つだろう。
しかし暫く観ているうちに、私が感じる違和感の大きな理由がわかってきた。
主人公、権藤の夫人を演じる鈴木京香が美し過ぎるのである。
鈴木京香は絶妙な色香を漂わせていて、同性が見てもうっとりするほど美しい。
だからそれはそれで目の保養になってとてもいいのだが、
どうもファッションがちぐはぐなのだ。
間違って誘拐されてしまった運転手の子どもを思いやり、身代金を出すよう夫に訴える。
そのためには全財産を失ってもいいという、お嬢さん育ちの優しい女性だ。
そういう女性が、今からパーティーにでも行きそうなドレスを着て、
胸の谷間を見せているのがヘンなのである。
生き方とファッションが合わないのだ。
テレビなんだから仕方がないとも言えるが、
今やこれは街中でも普通のことになっている。
ファッションからTPOが消え、知的職業についている女性が平気で肌を見せている。
それを「おかしい」という方がおかしく見えるほどだ。
カンヌ映画祭で賞を取った、河瀬直美監督のとんちんかんなファッションもその一例。
あんな賢そうな女性が、あんなファッションで公の場に現れるとは。
こういう状況で、いきなり「女性の品格」を語っても無理である。
その前にコモンセンスを語らないと。
女性のファッションがいかに重要か、改めて痛感した。
女性にとっても重要だが、社会にとっても重要なのだ。
なぜなら、社会の雰囲気を大きく左右するからである。
60年代から70年代にかけて、ミニスカートは女性の解放を強く印象づけた。
私はうきうきした。
しかしことしの夏に大量に現れた、ショートパンツにキャミソール、
ピンヒールで前屈みに歩く女性たちの姿からは、何も前向きのメッセージは感じられなかった。
日本の女性は美しくなった。
でも、ファッションが女性を支えた時代は終わったのではないか。
意味を失うとはそういうことである。
ファッションはもう、女性に何ももたらさないのではないかという気がする。

