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自分の生きる時代を感じる?朝比奈隆の音楽から?
僕はほんの少し前まで、クラシック音楽にハマっていた。
音楽なしには、僕の人生なんてないとさえ思っていた。
そんな僕が、最近、ある時期からあまりクラシック音楽を聴かなくなった。


僕がクラシック音楽にはまるきっかけとなったのは、朝比奈隆の存在だった。
本格的にCDで聴き始めた頃、初めて自分でチケットを購入してコンサートに出かけた。
演目は朝比奈隆指揮/新日本フィルによるベートーベンのオペラ「フィデリオ」。
1994年の年末、昭和女子大学人見記念講堂での演奏会形式のコンサートだった。


初めてのコンサートがオペラとはちょっと無謀だったと今では思うが、
それでも、実相寺昭雄の演出により最後に演奏されたレオノーレ序曲3番では、
椅子に座っていた朝比奈氏が立ち上がり、
満場を興奮の渦に巻き込んでいた。
あのレオノーレ序曲3番の興奮は、今でもこの体が覚えている。

それから、僕の朝比奈隆おっかけ生活が始まった。
行けるコンサートには、必ず行った。
大阪から東京のサントリーホールに行き、当日券を求めて窓口に並んだこともあった。
年末の「第九シンフォニーの夕べ」には1994年から最後の2000年まで毎年、
会場のフェスティバルホールへ足を運び、第九を聴いた。
発売されるCDは、ほとんど買った。
コンサート会場に鳴り響く、
CDプレーヤーから聴こえる、
あの分厚い「朝比奈サウンド」に痺れた。
身を浸す、という言葉がぴったりの日々だった。

朝比奈隆は、1908年東京生まれ。
京都大学法学部在学中に、ロシア革命を逃れてきた亡命貴族エマヌエル・メッテルから
ヨーロッパのクラシック音楽を学んだ。
その後、阪急電車の運転手を経て、再び京都大学へ学士入学。
この2度目の大学時代、作家の井上靖と同じゼミだったのは、有名な話だ。
(在学中は一度しか顔を合わせなかったそうだが)
卒業後、やがて中国・上海へ渡り、当時のヨーロッパ出身の名手が集まった
上海交響楽団の指揮者となる。
日中戦争の最中に中国東北の満洲国へ入り、ハルピン交響楽団の指揮者を勤める。
ハルピン交響楽団には師匠メッテルの教え子たちがいた。
戦争終結後、苦労して日本へ引き上げ、
大阪で関西交響楽団(後に大阪フィルへ改組)を立ち上げる。
戦後の日本の楽団を引っ張り、
日本にドイツの作曲家ブルックナーの交響曲のブームを巻き起こした。
「私の人生は、らせんの階段登りだ」という言葉のとおり、
ベートーベンの交響曲全曲演奏に何度も取り組んだ。
晩年は、凄まじい人気だった。
コンサートのチケットは常に売り切れ。
CDはろくなプロモーションをせずとも飛ぶように売れていた。

僕はなんで、朝比奈隆にハマッたのだろう?

朝比奈隆は、ヨーロッパで生まれたクラシック音楽を日本に根付かせた功労者だ。
そして、それは単にクラシックを紹介したというにとどまらない。
明治から大正、昭和という日本が急速に西洋化していく時代を生き、
日中戦争の渦中にあって、満洲国という東洋と西洋が出会う場に身を置いた。
戦後の急速に欧米化する中にあって、明治人の心意気を示しながら、
ベートーベンやブラームス、そしてブルックナーというドイツ音楽、
更には師匠メッテル譲りのチャイコフスキーなどのロシア音楽の演奏に没頭した。

僕は思う。
朝比奈隆の人生は、そのまま20世紀の日本の歩みそのままだったと。
朝比奈隆のコンサートに行けば、
朝比奈隆のCDをかければ、
朝比奈隆の音楽に身を浸せば、
「20世紀の日本」という自分が生きている時代を感じることができた。
その場にいれば、
その音楽を耳にすれば、
自分と自分の生きる時代を感じることができた。
自分がこの世界に生きているという実感を得られた。
僕は、本当の音楽とはこういうものだと思う。

2001年末、恒例の「第九シンフォニーの夕べ」の初日の29日、
丁度、代役の指揮者によるベートーベンの第九が演奏されている最中、
朝比奈隆は息を引き取った。
2日目の30日、明らかに朝比奈隆の音とは違う代役の指揮者の演奏を聴きながら、
僕は朝比奈隆がこの世からいなくなってしまったことを感じていた。
自分が生きている時代を感じさせてくれる芸術家が、いなくなってしまった。

あれから、僕のクラシック音楽に対する熱は、急速に冷めていった。
朝比奈隆よりも才能のある指揮者はたくさんいる。
しかし、僕の生きる時代を感じさせてくれる演奏を、ついぞ耳にしたことはない。


by兵士シュベイク
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