映画「マトリックス」三部作の三作目「レボリューションズ」のクライマックス、
人類を救うために戦う主人公ネオとシステム内で暴走し増殖したプログラム・スミスが、
マトリックス内で豪雨の中、決闘する。
ネオを組み伏せ、見下ろしながら、スミスはネオに対して、こう言う。
君の最期が近いのを感じるかね?
私は感じる
感謝するよ 君のお陰で分かった
すべての生物の目的は死ぬことだとね
それでもネオは立ち上がる。
闘い続けるネオに対して、スミスはこう言う。
なぜだ?
なぜ やめない?
なぜ立ち上がり 戦い続けようとする?
命を捨ててまで守りたいものがあるのか?
それが何か分かっているのか?
自由か 真実か 平和か それとも愛か?
それは ただの幻想だよ。
愚かな人間の知性が意味も目的もなく存在するのを
正当化するための幻だ
マトリックスと同じ虚構なのだ
つまらん愛とやらを作り出せるのは人間だけだが
そろそろ分かっているはずだ
君は負ける 戦う意味はない
なぜだ? なぜそこまで戦う!?
僕は小学校の頃だったか、夜のベッドの中で、強烈な死の想念に囚われたことがある。
人間は死んだらどうなるんだろう。
そう考え、怖くなって、泣きながら隣の部屋でテレビを見ていた母のところに行った。
母が泣いている僕に何と言ったかは、覚えていない。
高校生の頃だったか、こんなことを考えた。
この僕のいる世界は、何のために存在するのだろう。
なぜ、僕はこの世界で生きているのだろう。
父に訊いてみたが、当然のことながら、満足な答をくれなかった。
答なんか、あるはずがなかった。
今想い起こしてみても、何の得にもならない、思春期の少年の想念に過ぎないものだ。
そして今、僕は別の想念に囚われている。
人間はいつか、必ず死ぬものだ。
どうあがいたって、何十年もすれば、僕は死ぬのだ。
偉そうなことをのたまっても、下らぬことに憂き身をやつしても、
いつかは、この世からおさらばしないといけない。
そう、「さよならだけが人生」なんだ。
昨年の夏、僕の親しい友人が死んだ。
ある難病が原因で、なくなる3ヶ月前まで、普通に会話して、笑いあっていたのに、
あっけなく、彼はこの世とさよならしてしまった。
どうせ死ぬんだ。
僕は、何をあくせく生きているのだろう。
自分の欲望にまかせて生きたって、
自分の家族だけの幸せを望んだっていいじゃないか。
一体、僕は何を焦って生きてきたのか。
話を「マトリックス」に戻そう。
「なぜ意味もない闘いを続ける?」と問い詰めるスミスに対して、
ネオはたった一言、こう答える。
そうすると決めたからだ。
ネオにとっては、自分の行為に百万言を費やす必要などなかった。
ただ、「自分が決めた」から闘っていた。
そう言えば、浦沢直樹「20世紀少年」にも、こんな言葉があった。
絶望に打ち勝つ方法など、ない。
ただ、歩き出すだけだ。
by兵士シュベイク

