ほぼ消えかかっていた戦争体験が、ハリウッドによって掘り起こされたわけだ。
昨年大ヒットしたらしき「男達たちの大和/YAMATO」はひどかった。
愛する者を守るために死んでいく「愛と涙の物語」にされていて、
無謀な太平洋戦争を象徴する「戦艦大和の悲劇」が曖昧にされている。
過去を理性的に見られないのは本当に不幸だ。
「硫黄島からの手紙」は淡々とエピソードを積み重ねつつ、個人が国家の論理に潰されていく様子を見せる。
二つの映画における意図と手法の違いは、音楽にも現れている。
ドラマチックな音楽や高々と悲劇を歌い上げる主題歌は、それだけで戦争の美化につながる。
「硫黄島からの手紙」が終始、抑制された最低限の音楽しか流さないのは賢明であり、製作者の理性を感じさせる。
興味深いのは銃後、つまり日本(本土)の描き方だ。
召集令状は「おめでとうございます」という言葉と共に届けられ、
死にゆく国民はそれを、「ありがとうございます」と言って受け取らなくてはならない。
愛国婦人会のたすきをかけた近隣の女性が、「お国のために身を捧げよ」と迫る。
日の丸を掲げていない非国民の家には憲兵がやってくる。
若者の多くが、この映画で初めて憲兵のことを知ったのではないだろうか。
憲兵は恐ろしい存在で、戦争に少しでも非協力的な言動を見せる国民がいないか、いつも目を光らせていた。
GWには、石原都知事が製作・監修する、特攻隊を美化した映画が公開される。
アメリカ人がこういう理性的な映画をつくっているのに、全く恥ずかしい話だ。by G2

