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クラス論 ― ヴィプラあるいは知識人、そして文明の盛衰

ヨーロッパの中世は4世紀末から14世紀末の1000年間だ。この1000年間はしばしば「暗黒の中世」と呼ばれ、その間、少なくともその前半の間、ヨーロッパの文明はほとんど前進しなかった。書物が最も多く置かれ手板のは修道院だったが、せいぜい5冊程度だった。(僕らは中世ヨーロッパに何かしらロマンチックなセンチメントを抱くことがあるけれど、過去を美化するのは僕らの脳味噌の本能みたいなもんだ。)


同時代に最も栄えた文明はイスラム文明だった。バグダッドでは世界中の文献がアラビア語に翻訳されていて、数万冊の書籍を扱う書店が大通りに立ち並んでいた。イスラム教は確かに一神教だが、『千夜一夜物語』にはランプの精(ジン)まで登場する。(それに、女性が肌を露出するのを嫌うはずのアラブ圏で、なぜだかベリーダンスが生まれた。「ベリー」ってお腹のことで、アラブ圏はへそ出しスタイルも先取りしてたんだよ、うん)


医学も進歩していて、外科手術を行ない、精神病院さえ作られていた。また、社会福祉の具体的に実践においても、アラブ圏はヨーロッパに500年ほど先んじていた。イブン・シーナーが11世紀にまとめた医学書『医学典範』は、ヨーロッパで17世紀まで最も権威ある医学書だった。周知のように、科学用語にアラビア語起源の単語が多く残っていて、世界中でアラビア数字が用いられているのは、イスラム文明繁栄の名残だ。(65536をラテン数字で書くと、LXVDXXXVIなんてことになり、数学には向かん。)


ヨーロッパで起こったルネサンスの要素として、最も重要なものの1つはルターによる宗教改革だ。西欧のキリスト教会はカトリックとプロテスタントに分裂した。カトリックは相対化されて権威を弱め、さらに哲学によってキリスト教そのものが相対化されるようになった。これに伴い、盲目的な信仰のみならず、理性と思索が重んじられ、知識人の地位が向上した。ヨーロッパの近代化は、キリスト教へ挑戦し、それを乗り越えていく過程でもある。(最初からそうじゃなかったことは認める。宗教改革の発端は、信仰を動機とした聖書の原点研究だったからね。しかし、権威の相対化が習慣化したことが、ヨーロッパの文明を豊かにした。)


欧米は宗教を民主主義によって相対化し、さらに民主主義を個人主義(あるいは自由主義)によって相対化した。(個人の自由は多数決の結果にある程度対抗できる。これは、多数決でソクラテスが処刑された古代ギリシアと現代ヨーロッパの大きな違いだ。まあ、同じ理屈で、首相個人が個人の資格で靖国参拝を行なった場合、個人主義者はこれを擁護しなければならん。複雑な心境だけど。)


自然科学や応用科学の発達も、自由に考え、自由に発言できる環境に依存している。ヨーロッパがアラブ圏よりも自由になったため、前者は科学技術でも後者を凌駕した。1776年の建国以来、平均的には最も自由な国であったアメリカの国力は世界で最も充実している。(意外に、アメリカの体制は民主主義体制として、多分、世界最年長だろう。革命を経ずに、法に基づく手続きで体制が連綿と修正され、維持されているアメリカの民主主義は奥深い。)


ある程度の人口を擁する文明の長期的な繁栄を決定するのは、武人ではなく知識人だ。そして、知識人が唱える様々な学説が時代の体制にとっていかに不都合に思われるものであろうとも、社会の中に思想と言論の自由を気前よく認める文明こそが、文明間の競争や時々の衝突を生き延びる。(ヴィクトリア時代のイギリスは世界で最も繁栄した国で、奇人変人の類に社会が世界で最も寛容だった。)


教育と学術を時の体制からの不当な干渉から守ろうとする近代の動きは、競争と衝突を生き延びてきた体制側の経験的な知恵から生まれたものだ。(日教組みたいな知識人の組織が、国家権力を掌握し、教育と学術を保護する制度を作った、なんてことはない。)


つまり、個人主義者と体制主義者の都合は長期的には相反しない。


資源乏しい国土に生きる日本人は、基礎条件でより恵まれたいくつかの民よりも遥かに、社会により大きな自由を認めなければやっていけない。


しかし、最近の雲行きは怪しい。知識人の末端でありつつも、知識を ― そして文明を ― 子孫に伝えていくという点で先端で仕事をしている教師たちが、文明の発展に寄与する重要な要素ではない国旗や国歌 ― フランスの公教育では、もう国歌なんて教えさえしない ― を個人的に拒絶したくらいで、体制から圧力を掛けられるようになった。(誤解を予防するためにいっておくけど、教師が壇上から国旗を引き摺り下ろすようなことに僕は反対している。個人主義者は国旗や国歌が大好きな個人の権利も守りたいんだからね。)


あなたが学校教師の個人的な思想の自由を抑圧するならば、あなたの国とあなた自身が少しずつ、しかし長い間には大きな損失を被る。あなたにとってその教師の主張は単なる我侭に思えるかもしれない。その教師の思想や知識は、実際のところ、文明の発展にあまり大きな意味を持たないかもしれない。しかし、知識人を末端から萎縮させていくことは、あなたが愛する国をして、他の国の前に跪かせることになるだろう。(日本が体制主義的に行き詰ったときに、中国が速やかに民主主義と個人主義の国になっちゃうと、日本は終わる。今はまだまだ株や資産が割安な中国に投資資金が流れ込み、日本はすっからかんになる。中国共産党にはまだまだ頑迷で悪辣なところがあり、それで日本が助かっているんだよ。)

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テーマ:それでいいのか日本国民 - ジャンル:政治・経済


この記事に対するコメント
うれしい書き込みです^^
統一通貨ユーローに代表されるようにヨーロッパはEUとなって民族と国家という呪縛から解放されつつあります。

フランスがそのヨーロッパ主義の先頭をきって走っていますから、公教育の世界から「La Marseillaise」が消えるのは当然かもしれません。

まして歌詞が「いざ進もう! いざ進もう!」「汚れた血が我らの田畑を満たすまで」という内容ですから少年・少女に歌わせられるかですね。
【2007/01/06 15:33】 URL | Rolland #0dxVoFtg[ 編集]


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