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新世界でのささやかな忘年会
大阪・通天閣のある町・・新世界。
新世界と言う地名は実は存在せず、このあたりは浪速区恵比寿東という。
新世界と言うのは通天閣を中心とした商店街の名称だ。

新世界から大阪人には馴染み深い「ジャンジャン横丁」の狭いアーケード街を抜けて、大阪環状線と関西本線のガードをくぐり、広い道路を渡るとそこは釜が崎と呼ばれる地域になる。
釜が崎も正式な地名ではない。
けれども、日本最大の労働者の町として広く知られている。

この二つの地域を貫いて走る路面電車があり、通天閣のお膝元・・えびす町から堺市の南、浜寺公園までをのんびり結んでいて、大阪市民や鉄道ファンに広く愛されているが、この電車がちょうど、釜が崎を通るあたり、異常に高い鉄柵が線路を守っている。
かつて、社会運動たけなわのころ、この町でも暴動が起った。
走っている電車に投石をされる事もあり、鉄道会社では高い金網で自らを守る必要性があったと言う事だ。

今の釜が崎には、そのような熱さは感じられない。
冬の風は吹きすさび、日雇い労働者達に仕事はない。

観光客で新世界の一部の店は潤うけれども、それはごく一部だけだ。

さて、本題に入る。
その新世界の一番南・・
大阪市交通局が巨額の資金を投入して建築し、結果的に破綻した格好になっているフェスティバルゲート近くの、路地に面した小さな家で、先日、ささやかな忘年会が開催された。
集まったのは10数人・・
その方々の半数は大阪の人ではない・・
遠くは千葉や新潟、愛知から・・このささやかな忘年会に参加する為だけにやってきた人たちだ。

その人たちは「銀河詩の手帖」同人・・つまり、詩人達であり、その人たちの中心になっているのが、伝説の詩人・・「浪速の詩人」もしくは「釜が崎の詩人」として名高い東淵修さんと、奥さんの近藤摩耶さんだ。

忘年会と言っても、東淵さんは体を壊され、ようやく立ち直られたところで、まずお酒は飲めない。
集まった詩人達もお酒を飲むと言うよりは、軽くたしなむ程度だ。
摩耶さんの心づくしの手料理や、詩人達が持ちよった土産物等をならべ、ささやかな忘年会に集まった老若男女は、充分満足し、充分楽しんでいる。
宴もたけなわになったころ・・
東淵さんがこう言われた。
「わしが、出した詩集・・これの中からひとり、ひとつずつ、朗読をやって、感想をいうてくれへんか」
この忘年会は東淵さんが最近出したばかりの詩集「釜ヶ崎と新世界と俺と」の出版記念会も兼ねているのだ。
この本には東淵さんの数十年とごく最近とが同居している。
つまり、東淵さんの全てを網羅・・した本として東淵さんが全力を込めて出したのだ。

僕は詩人ではないし、記録係として時折、こうしてお邪魔するだけなのだけれども、どうしても、詩人の作品の朗読がしたかった・・
ちょうど良い機会であり、次の詩を朗読させてもらった。

********

「わいは40えんらあめん」

ぎょうさん の
らあめんのやまが あって
100えんのねだんが
ついて あって
たいがいの おっちゃんたちが
こうていくんやけど
わいは40えんの
ねだんが ついたある
やすもんの らあめんやねん

100えんの らあめんは
みるみる のうなって いきよる
わいは しかくいかたまりで
みばが わるいんや
シやよってに なかなか
うれくち つかへん がっかりや

きゅうに ごっつい てが
わいを だきあげ
40えん が ちゃりりんりん
としのいった そのひと
があどしたで
わいを あたまっから
ガリガリと たべてしもた


********

ちょっと目には「およげ たいやきくん」を連想させる擬人法の詩だけれど、これは詩人、東淵さんが朝日新聞の求めに応じて書いた作品だと言う事だ。
この詩のなかには、この町へ流れ着き、そこで生きるしかない男の哀しみと、生きると言う事へのしっかりとした意志を僕は感じる事が出来る。
そして、それ以上に、この詩が大阪弁のほぼ完全な口語体で書かれている事に、素直な感動を得るのだ。

かつて、東淵さんの詩を評価した某大学のえらい先生が「汚い大阪弁」と言ったそうだ。
なるほど・・大学の先生などに僕はならないで良かったとさえ思う。
いや、そのような思想の教授に出会わなかっただけ僕は幸せだったかもしれない。

純粋な口語体の大阪弁を汚いなどと、どの面下げて言えるのか・・
それこそ、庶民を見下した姿であり、自分が何か特別な存在であるかのように錯覚している姿だろう。

庶民の哀しみ、苦しみ、そしてささやかな楽しみ・・あるいは生きる意志・・
それらを知らず、それらを知ろうとせず、何の大学か・・
それらを理解できず、教育者でございとは恐れ入る。

僕にとって大阪弁は父や祖父母や子供のころの友人達を連想させる大切な言葉だ。
そして、多少の事があってもへこたれずに生き抜こうとする大阪庶民のエネルギーを僕は何より大切にしなければならないものではないかとも考えている。
大阪弁のリズムの美しさ・・
大阪弁のストレートな感情表現・・

そして、その大阪弁を自由に操り、印象的でしかも新しい・・そんな作品を創作し続ける東淵さんの存在こそが大阪の、いや、関西の宝であると・・僕には思えるのだ。
いや、それよりも何よりも、世間の中ではとかく敬遠される労働者達を暖かい目でみつめ、いや、自分も同じ視点に立って共に語り、彼らの人生を彼らに代わって高らかに謳いあげる・・
いや・・ここで「彼ら」などと言うのは失礼だろう・・
東淵さんが謳いあげるのはまさに自分の分身である釜が崎の仲間の声なのだから・・

自分より弱いものと見て路上生活者を襲撃し、わずかの金を目的に命を奪う蛮行が白昼行われる病んだこの国にとって、東淵さんの存在はまさに宝ではないか。

やがて、宴も終わり、総勢で地下鉄駅まで帰りがてら・・散歩する事になった。
東淵さんの車椅子を取り囲むように・・がやがやと歩く・・
じゃんじゃん横丁の喧騒の中で・・何人かの人が「東淵さんや!」と叫ぶのが聞こえる。
詩人は軽くてを上げて応じながら・・それでも一段はがやがやと歩く。

考えてみれば、ジャンジャン横丁も随分と不思議な商店街だ。
普通の商店街にあるようなお洒落なお店は少なく、将棋や碁を打つ部屋、串カツ、格安の寿司・・
これだけで商店の大半を占めてしまう・・
なんでも、戦前、ここで銅鑼をならしてこの先の飛田遊郭へお客を誘ったのがその名称の由来らしい・・

商店街は明るいが、その先、JRのガード付近になるといかにも労働者の町・・と言った雰囲気になる。
神戸から続く国道43号はこの町で終点である。
といっても、道は名を変え、そのまま天王寺のほうまで進んでいく。

道端のキリスト教会に大勢の行列が出来ている。
ほとんどは老若の労働者達だ。
この時間の教会が、労働者でいっぱいになると言うのはまさにここが釜ヶ崎だからか・・
夜の帳が下りた新世界、釜ヶ崎・・
JRに乗る為に道を渡る僕らに、詩人夫妻が手を振ってくれる。
やがて、信号が変わると、車椅子とそれを押す人のシルエットが、ガードの下へ消えていく。
僕は、もういちど通天閣が見たくなって・・折角入りかけた新今宮駅から離れ、雑踏の中をまた歩き始めた。

東淵さんが主催する銀河・詩のいえは以下参照下さい。
http://www.ginga-shinoie.com/

byこう@電車おやじ





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この記事に対するコメント

某所でお世話になっていました。
そううそです。
ハンドル名は変えるか変えないか分かりませんが、とりあえず最初はこれで行きます。
宜しくお願いします。
【2006/12/28 11:08】 URL | そううそ #-[ 編集]

いらっしゃいませ!
そううそさん>
よろしくです。
こちらでは広く世界や世間、社会、政治を語っていきます。
【2006/12/28 11:41】 URL | こう@管理人 #-[ 編集]


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