料亭で火付盗賊改方の長、長谷川平蔵が女中の手首をつかむと、女中は腕の力で平蔵の親指を圧迫して逃れ、返した掌で平蔵の手を押し戻す。女中が去った後、平蔵は「あの女、武家の出か···」とつぶやく ― 時代劇『鬼平犯科帳』の一場面だ。
クラスを特徴付けるものに、そのクラス独特の技能体系がある。
江戸時代の日本のクシャトリア、つまり、武士クラスには、武芸はもちろんのこと、人望獲得法として役立つ儒教ベースの道徳も備わっていた。戦闘員としてだけではなく、一般公務員としても、武士クラスは優れた適性を示した。
武士の頂点である将軍の地位に就き、次男秀忠に将軍職を譲った後も、「大御所」のタイトルで実権を掌握し続け、公家諸法度で貴族たちをも支配した家康は、軍事技術開発を凍結した。雨天を気にせず使用できる銃を世界で最初に開発したのは日本人だったが、太平の世に家康はそれ以上の軍事技術を求めなかった。
社会で藩などの縦割り秩序が目立っているかぎり、大乱再発の懸念は拭えない。太平の世が長く続くためには、横割り秩序も必要だった。武士の武芸が役に立ち、武士クラスが長く維持されるためには、武芸の有効性を脅かすような高性能の銃を、社会に存在させてはならなかった。
最も間違っている平和ですら、最も正しい戦争よりもなお幸いである、という立場を取れば、身分制度に起因する様々な悲惨さを内包しつつも安定していた江戸時代は正しかった。
明治憲法下の体制の大きな問題点は、強制徴兵制によって身分制度を急激に破壊したことにある。武士は刀を没収され、農民や町人は元々武士の権利であり義務であった戦闘およびそのための訓練を押し付けられてしまった。
江戸時代に教育を受けた人々の寿命が尽き、クラスの知恵と技能から切り離された社会の混乱の中で育った人々が社会の中間管理以上の指導的な地位につくようになると、日本は軍国主義の暗黒の時代に突入した。
敗戦後、日本国憲法の施行により、日本のクラスの再生が始まった。警察予備隊や自衛隊の隊員たちは江戸時代の武家の血筋の人々ばかりではなかったが、彼らが隊員であるという事実は彼ら自身の決断によるものであり、体制の強権の産物ではなかった。また、自衛隊だけではなく地方や中央の公務員たちも安定したクラスとして、江戸時代の武士クラスに相当する機能を果たすようになった。
かつては自衛隊の機関紙であり、民営化された今でも多くの自衛隊員に読まれている『朝雲』の2006年7月20日の寸評に、次のようなことが書かれていた:
「義理がすたればこの世は闇」というが、理性が沈黙すれば世界が闇となる。
理性の声は明白だ。ミサイルによって利益は受られない、テロが勝利することはない、そして、テロに「戦争」をもってこたえるだけではテロはなくせない。
『朝雲』の別の寸評には次のような文章もあった:
韓国の調査船「ヘヤン」2500トンに対して、海上保安庁は3000トンの巡視船「大山」を出して牽制する。
韓国海洋警察は、4月のように多数の警備艦を派遣せず、1〜2隻の警備艦を随伴させると見られている。
日韓のコースト・ガードは、互いに事態を紛糾させないよう細心の注意を払おうとしている。どちらも力づくの紛争にはしたくないのだ。
実力組織は「政治の道具」でありつつも、政治の行き過ぎに巻き込まれまいとする。
片や政治家は海を挟んで声高に相手を非難し、現場はリスクを背負って苦労する。
“勇ましい政治”が紛争の解決に役立たないことは歴史が教えている。
「自衛隊は日本最大の反戦団体だ」というのは自衛隊内のジョークだが、自衛隊の実態からかけ離れてはいない。クラス ― あるいは擬似的なクラス ― として自衛隊が安定し続ければ、日本は最悪の事態を免れる。
今の自民党政権が行なっている愛国心教育やこれから行なおうとするかもしれない憲法改変で国民に押し付けられることになる「国防の責務」の問題は、個人の思想信条の自由の侵害でありえると共に、クシャトリアクラスやその他のクラスを過度に不安定なものにする危険性を孕んでいる点にある。

