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「焼き場に立つ少年」原爆投下後の長崎で、死んだ弟を火葬するために順番を待つ少年の姿
焼き場に立つ少年

  1945(昭和20)年9月、長崎で撮られた有名な写真「焼き場に立つ少年」。撮影したのは、軍命で原爆投下後の長崎を訪れたカメラマン、ジョー・オダネル氏である。原爆の破壊力を記録する任務を帯びていた。

 小高い丘で、生き残ったものたちが遺体を焼いている。そこに10歳ぐらいの少年が、幼児をおぶって歩いてきた。そういう少年の姿は、当時の日本では珍しくなかった。だが大人たちがおんぶ紐をほどいて少年から幼児の体を離した時に、オダネル氏は初めて、その幼児が死んでいることに気づいたという。

 以下はオダネル氏の回想である。「大人たちが幼児の遺体を焼き場の熱い灰の上に横たえると、まず幼い肉体が火に溶けるジューという音がして、まばゆい程の炎がさっと舞い立った。真っ赤な夕陽のような炎は、直立不動の少年のまだあどけない頬を赤く照らした」。

 「その時だ、炎を食い入るように見つめる少年の唇に、血が滲んでいるのに気が付いたのは。少年があまりきつく噛み締めているため、唇の血は流れる事もなく、ただ下唇に赤く滲んでいた。夕日のような炎が静まると、少年はくるりときびすを返し、沈黙のまま焼き場を去っていった」。

 オダネル氏は公式な記録写真とは別に、自分のカメラで密かに三十枚程の写真を撮った。だが帰国後にその記憶に悩まされ、全てのネガを屋根裏部屋のトランクに入れて封印したのである。しかし晩年になって、原爆の悲劇を訴える決意をする。

 1990年にアメリカ各地で写真展の開催を試みたものの、受け入れる施設はなく、写真集を出そうとしても引き受ける出版社もなく、周囲から批判され、その行動を理解できない妻と離婚せざるを得なくなった。そしてみずからも内部被曝による原爆の後遺症に苦しみながら、一昨年、83年の生涯を閉じた。

 昨年、国連本部で原爆に関する常設展示が行なわれることになり、長崎はこの写真を提出した。だが却下されたのである。「直立不動が軍隊みたいだ」「泣いていないじゃないか」といった反対意見があったという。当時の日本人は、今よりもっと感情を出さなかった。グローバル化の時代とはいっても、本当のところはなかなか理解されないものである。英語で日本人のこういう行動を説明するのも難しい。
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