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ソニーの凋落は、いち早くグローバル化に対応したことが原因
最近発表されたパナソニックの巨額赤字は、日本社会に大きな衝撃を広げた。
一方、ソニーもずっと赤字である。

ソニーの凋落は、グローバル化への対応が遅れたからだと言われている。
しかし私の見方は少し違う。
いち早くグローバル化に対応したことこそ、ソニーが凋落した原因だと思っている。

ちょうど今発売中の「週刊現代」今週号に、「会社がダメになった瞬間」という記事があり、NECと並んでソニーが取り上げられている。
その分析が私の感触と合致しているのだ。

その記事はこう述べている。
ソニーの異変は90年代の半ば、アメリカ式の合理的経営と成果主義を導入した時に始まった。つまり、どこよりも早くグローバル化への対応に乗り出したのだ。
そして出井社長は、ハードからソフトへ主軸を移すと宣言した。

このソニーの「改革」は当時、高く評価された。
アメリカ式の合理的経営と成果主義、そしてソフトへの転換。
それは新しい波だった。
しかし元々ソニーは技術屋の集まりだったのだ。
この「改革」が技術屋集団にどういう影響を及ぼすか、予測できなかったのだろうか。

私の父親の後輩は戦後間もなく、ソニーに入社した。
当時はまだ東京通信工業という名の町工場で、入社の話を聞いた父親は内心、
「どうしてそんな訳のわからないところに入ったのか」と驚いたそうだ。

だがその町工場は発展した。
やがて日本を代表する世界的企業となり、草創期からの社員だった後輩は出世して専務取締役となった。そして高校に進学する時も大学に進学する時も、私の保証人欄にはその人の名前が書かれていたのである。
それは私にとっても父にとっても自慢の種だった。

戦後の焼け野原から出発したソニーは、紛れもない日本企業だった。
日本人はソニーを世界的企業だとばかり思っていて、日本企業という側面を見逃していたと思う。人間と同様、育った過程や背景は非常に重要なのである。
それを無視するような改革は自己否定になる。

案の定その「改革」が始まって間もなく、若手社員に鬱病が多発するようになったそうだ。
それはそうだろう、文化の破壊だったのだから。
異変に気づいた産業医はそれを上層部に報告したが、方針が変更されることはなかった。
そして優秀な社員の退職も相次いだ。
その後ソニーは外国人CEOを投入したり、リストラを繰り返したりしつつ、
技術を流出させた挙げ句に普通のグローバル企業になっていった。

一時世界を席巻していたヨーロッパの老舗ブランドは、もともと手堅い家内工業だったが、
創業者の息子や孫たちがアメリカに留学してMBAを取り、グローバル企業になって魅力が薄れた。成金や新興国の富豪たちの、見栄や物欲を満たす道具と成り果てている。
文化を失ったのである。

人間も企業も、出発点を忘れてはいけないということだ。
国も同じである。戦後日本の出発点は敗戦だった。
この記憶は90年代に入って急速に薄れはじめ、「改革」を叫ぶ勢力が台頭する。
そして普通の国に近づくにつれて、日本の個性は消えていった。

かつて外務省北米一課長として、その後はコンサルタントとして対米従属外交を担ってきた岡本行夫氏は最近、「アメリカにおける日本の存在感が薄れる一方で、日本関連のシンポも開けない」と嘆いているらしいが、誰の責任なのか胸に手を当てて考えてみるべきだろう。


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