Make Your Peace
日々の生活をする普通の人々が平和について考えるサイトです。本ブログは書き手によってカテゴリーを分けています。それぞれの違いもお楽しみください。 by MYP2004


プロフィール

MYP2004

Author:MYP2004
日々の生活をする普通の人々が平和について考えるサイトです。



最近の記事



最近のコメント



最近のトラックバック



月別アーカイブ



カテゴリー



ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる



RSSリンクの表示



ブログ内検索



RSSフィード



リンク

このブログをリンクに追加する



スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。


「韓国に遅れを取るな」「中国に負けるな」「もっと競争せよ」「さらなるグローバル化を」という掛け声は正しいか
私はTwitterで、中国人コンサルタントの宋文州氏をフォローしている。
この前、こういうつぶやきがあった。

彼は最近、拠点を北京に移したので、子どもたちも日本から北 京の学校に転校したのだが、英語の授業のレベルの高さに驚いたそうだ。
小学校二年生の英語の宿題の内容がすごいらしい。
まぁ、恐らくエリート校なのだろうが。

さらに驚いたのは、韓国人留学生の優秀さ。
留学生と言っても小学生である。
母親も一緒に中国に来ていて、近くにアパートを借りて一緒に暮らしているのだ。
そして例によって、父親は韓国に残って働くか他国に出稼ぎに行っている。
その子たちは英語も中国語もペラペラだという。

私はそれを読んで、韓国や中国と競争するのは無理だと思った。
もう日本人にはそこまでできない。
日本は違う行き方を選ぶべきだろう。
韓国に遅れるな、中国に負けるな、もっと競争せよ、更なるグローバル化をというスロー ガンは間違っている。

宋文州氏は、日本も格差を恐れずにエリート教育をするべきだと言っているが、うまくいかないと思う。
粒が揃っていることが日本の良さだ。
これからは日中韓の勝ち組が英語を駆使してエリート層を形成するのだろうが、必ず弊害が出てくるだろう。

成功者がみんな新自由主義を掲げる時代は不気味である。
突破口は違うところにあるはずだ。

内向きで、文化を洗練させることが得意な日本人は、グローバル化に向いていない。
そこで勝負するのは無理だ。
完全主義で、恥の文化を持つ日本人の英語力には限界がある。

日本は日常生活の豊かさと、一人ひとりを大事にする社会をめざしてもう一度頑張ろう。
そのためには、国ごと差し出すような対米追随をやめ、若者の雇用と生活を安定させる必要がある。
こういうことを言う政治家がどうしていないのか。

スポンサーサイト


この記事に対するコメント
official language
英語圏に行けば、片言の英語でも通じる。暮らしてゆける。
完全な英語でなくても、英語環境がととのっているから通用するのである。
英語環境がととのっていれば、そのうちに、英語も上達する。

我が国においては、どんなに英語が堪能であっても就職先に困る。
それは、人々が英語を使わないからである。これでは、暮らしがなりたたない。

日本の学校で6年間英語の授業を受けてもまず話せるようにならないのは、英語環境がととのはないからである。
一歩学校の外に出ると英語を使わないのでは、せっかく習った英語も錆ついてしまう。
日々の学習努力も賽の河原の石積みとなっている。

日本の学生のために英語環境を整えることが、語学力を増すことにつながると考えられる。
それには、英語を我が国の第二公用語にするのがよい。
国民も政治指導者も、英語の使用を日本人のあるべき姿と考えることが大切である。

国際社会において、我が国を代表する政治家にも英語の堪能さが見られない。
日本語のみを使用する社会において、実用にならない言語の学習は空しいばかりである。それにもかかわらず、我が国においては英語教育に名を借りた序列争いばかりが激しく行われている。
英語の学習を民間に奨励するだけでは充分ではなく、英語を習得したことに対する国家の強力な報奨(incentive)が必要であります。
英語を実用の言語とする政治指導者のさきを見据えた努力が大切です。
たとえば、公務員採用試験に英語の能力にすぐれた人物に優遇処置を施すなどの法的裏づけなどが効果的でありましょう。

英米人には、手先・目先の事柄に神経を集中する特技は得られないようである。かれ等は、生涯、歌詠みにはなれないでしょう。
日本人には、英語を使って考えることはきわめて難しい。しかし、これは不可能ではない。全員ではないが、知識人には為せばなる学習であると私は考えています。
わが国民の作る細工物は出来栄えが良い。なおその上、英米流の哲学にも良き理解を示す民族となれば、未来の日本人は鬼に金棒ということになるでしょう。
だから、英語を我が国の第二の公用語とすることには大きな意義があります。実現の暁には、我が国民のみならず、世界の人々に対しても大きな未来が開けることと考えられます。

一見我が国は教育大国を目指しているようであるが、大人の教育はない。つまり、子供が大人になるための教育はない。
我が国においては、教育といえば子供の教育のことを指している。目先・手先のことのみを述べる人は、子供のようである。
大人には考える教育が必要です。一人一人に哲学が必要です。
現実と非現実の間に区別を置くことなく語る人の内容には意味がない。だから、日本の知識人には価値がない。

「感情的にならず、理性的になれ」と国民に訴える指導者がいない。
「国民の感情に反する、、、、、」と言うのでは、主張の論拠にならないが、それのみを言う。
感性 (現実) あって理性 (非現実) なし。我が国は、一億総歌詠みの国にとどまっている。

大学生は入学しても、キャンパスで4年間遊んで過ごすことになる。
無哲学・能天気の大学生は、平和ボケ・太平の眠りの中にいる。
「入学を易しく、卒業を難しく」というような教育方針は現状を観察すれば空しい限りである。

http://www11.ocn.ne.jp/~noga1213/
http://page.cafe.ocn.ne.jp/profile/terasima/diary/200812


【2010/12/03 21:07】 URL | noga #sqx2p0JE[ 編集]


この記事に対するコメントの投稿














管理者にだけ表示を許可する


この記事に対するトラックバック
トラックバックURL
http://myp2004.blog66.fc2.com/tb.php/227-3188e35a
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)



上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。