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旧社会党の意地もなくなってしまったか。
今回は僕、こう@電車おやじが民主党に基本的に厳しい目線を向けるその理由の一つである経験を含めて書いていきたいと思います。

日テレニュースより。。

http://www.news24.jp/articles/2010/05/04/04158573.html
県内移設反対、当面は連立政権に?福島党首
< 2010年5月4日 20:00 >  
鳩山首相の沖縄訪問を受け、沖縄・普天間基地のグアムなどへの国外移設を主張している社民党の福島党首は4日夕方、記者団に対し、県内移設には反対するものの、当面はあくまで連立政権内にとどまる考えを示した。

 しかし、社民党内には「沖縄の基地問題は、党にとっては生命線だ」との声もある。今後、沖縄県内への移設が正式に決定した場合には、連立維持か離脱かどうかの選択を迫られることになりそうだ。

**************


日本社会党はかつては自民党と議席を二分する政党でした。
それは英国の保守党と労働党、米国の共和党と民主党の関係に似ていると・・
昭和の人々は思ったものです。

でも、自民党が現場の中で、良くも悪くも訓練され、プロフェッショナル化していったのに比し、社会党はいつも希望だけを説く淡い存在でしかなかった。

僕の亡父も社会党の役員をしていて、労組の三役だったわけです。
オヤジは社会主義革命こそ我ら労働者の世界の実現であると固く信じていました。
かつて浅沼委員長が刺殺されたことを生涯最大の義憤として語っていたオヤジをふっと思い出してしまいます。


同じように、僕が入社した日本国有鉄道においても、国鉄労働組合(国労)ではオルグ(いわば、洗脳集会みたいなものです)の度に社会主義革命がいかにして必要であり、それを如何にして実現するかという講義がなされていました。
僕自身、国労に加入した理由は職場で最大の組合であるということももちろんでしたが、しかし、国労への加入は自らの判断であったのです。
僕自身も若いころは、やはりその思想の基調は社会主義的な方向へ歩き始めていたのです。

しかし、社会党・・
特にその右派は右往左往の歴史を繰り返します。
どちらかというと現実主義の右派の人たちにはマルクス、レーニンの社会主義革命など日本ではありえないと言うのが実感だったのではないのでしょうか。

それでも、国鉄改革までは社会党は社会党の意地を持っていたように思えます。
国鉄改革で支持母体とも言える国労を失ってから・・
社会党はいったん、村山政権で権力を手中にしますが、結果的に、これは社会党の堕落であると・・支持者に思われてしまったのは不幸だったかもしれません。

その国労時代の選挙運動はそれはそれはエゲツナイもので・・

組合員に強制的に動員をかけ、紹介者カードなるものを国労のみならず自治労や日教組が作成するそれを持って、戸別訪問・・
そのあとには労いの供応。
事務所開きに参加すると菓子折の底に金一封・・

決起大会や国会報告会には頭数そろえの大動員。
そこでは個人の所用や家族の用など理由として理解されることもない、厳しいものでした。
組合員が自治会や宗教団体、もしくは個別の信念で他党候補の運動をしようものなら、職場での村八分。
自己批判を常に念頭に置きながら、時として無茶かと思えるような活動もまた正当化されていきます。

その上で、労働貴族と化した執行部は、もちろん、仕事などせず、組合事務所に入り浸りながら甘い汁を吸い、それは国鉄解体直前には執行部の大半が社会党や総評系の職員に採用され、国鉄から逃げ出すというおまけまでついていました。

僕の先輩が数人、選挙運動の戸別訪問容疑で検挙されましたが、組合は「それは個人が思いのあまりに応援したこと」と言い張り、責任はすべて組合員になすりつけ。。
(もっとも、それを信じる警察組織もさすがに田舎の組織ではありましたが)

当時、播州の田舎町では、自民党も同じように派手な選挙運動を実施していました。
菓子折りに入れられた金一封はこちらのほうが上だったようです。

で・・こちらは農協や自治会が支持母体ですが、社会党の応援が職場の組合運動であることはある程度理解され、「それはそれでしゃあないやろ」という空気が中心だったように思います。
その点では自民党組織のほうが老櫂であったし、人の心をつかんでいたように思います。

こういった・・組合員を人とも思わない使い方で酷使してきたのが、かつての社会党です。

それでも、まだ、社会党左派は、ある面では純粋に革命を信じていたかもしれません。
だから、彼らは組合員を利用するというよりは本気で組合員と共闘していたつもりだったのかもしれません。
(組合員が精神的についてきていたかどうかは別として)

僕が嫌うのは現実路線を標榜し、常に右往左往しながら自らを生きながらえさせることばかりにエネルギーを費やしてきた社会党右派の連中です。
僕がいた職場の組織内候補で職場の廃止反対を掲げ、無茶苦茶な選挙運動を繰り広げて当選、村山内閣でこともあろうに労働大臣に就任したNという男もでました。
この男が大臣に任命された時、その職場は姿を消してその痕跡すらなくなっていました。

この社会党右派が今の民主党の中心勢力なのですが、なぜか、ウィキペディアの「日本社会党出身の国会議員」という項目は削除され、それにかかわるブログ等でもその概要を見ることは出来ません。
彼らにとって、日本社会党にいたという事実は都合が悪いのでしょうか。

村山政権で社会党はその思想基盤を失いました。
自衛隊、安保、原発・・
三大柱を失った社会党が分裂し、本来の路線を目指したのが左派が構成した「社民党」であるはずです。

その社民党も今回、福島党首による「連立離脱」のカードは出さずに、出すというポーズだけ国民に見せて、自らの意見を封じ込めようとしています。
所詮は権力を握ってしまえば、かつての社会党やあるいはイラク派兵に応じ、小泉改革の尻尾に乗った公明党と同じことになるわけです。

誤解して欲しくないのは僕は普天間移設に関しては民主党案に対し、賛成でも反対でもありません。
ただし、今の日本にマリンは必要であるという認識です。

それでも、社民党・福島党首が自らの信念を貫かないところに深く失望しているわけです。
原発の容認は、辺野古以上に社民党の存在意義を消失させたようにも思えます。
時代が変われど、原発の安全性が確保されたわけではありません。

社民党も所詮は権力の旨い汁が欲しかっただけなのか・・

君らはただ、権力のレールに乗りそびれていただけであり、かつての右派と同じように権力のレールに乗れたことを守りたいだけなんだね・・
さすが、かつて、労働者をこき使い、甘い汁を吸った人たちだけのことはあるね・・
福島さんに物言うことが出来たら・・そう言いたい気持ちです。
個人的に福島さんと話がしたいと思うのですが、雲の上の国会議員であり、ま・・無理な話でしょ。

なお、本日記は5月7日の時点で書いたものを加筆したものですが、5月19日、今現在、再度、辺野古への基地移設が決まるというか、結局、ほとんど、元に戻ってしまったわけで・・
この時点で社民党としてどういう立場をとられるのか、非常に注目しています。
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テーマ:民主党・鳩山政権 - ジャンル:政治・経済


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