今年はいくつか丸山眞男氏に関する書籍や文章が発表されたが、その中で、苅部直「丸山眞男―リベラリストの肖像」(岩波新書)と小熊英二「丸山眞男の神話と実像」(KAWADE道の手帳「丸山眞男 没後10年、民主主義の<神話>を越えて」所収)を読んだ。
丸山眞男氏は、高校3年生の時、治安維持法で検挙された。父の友人であった長谷川如是閑が弁士として名を連ねていた唯物論研究会の講演会にたまたま参加したからだ。
留置所で、「これで俺の一生はもうめちゃくちゃだ」と思い、不覚にも涙が流れたという。
後年、丸山眞男氏は回想する。「俺はだらしない人間だ。いざとなると、平常、読書力などを誇っていたのが、ちっとも自分の支えになっていない」と。
東京大学を卒業後、やがて東大の助教授として日本政治思想史の研究に着手。しかし、30歳で徴兵の命を受ける。東京大学の教授・助教授が徴兵されるのは極めて異例なことだった。恐らく、戦前に検挙されたことが影響したのだろう。
幹部候補生として志願すれば将校に任用される可能性もあったが、丸山眞男氏は「軍隊に加わったのは自分の意思ではないことを明らかにしたい」として、二等兵のまま朝鮮の平壌へ送られた。
そして、日本に帰国、広島で被爆する。被爆した事実を公表したのは戦後20年も過ぎたときのことだった。
戦後、結核で悩まされたのは、もしかしたら被爆の影響かもしれなかった。しかし丸山眞男氏は被爆者手帳の交付を申請することはなかった。
死去の時、「香典類は辞退する。もし、そういった性質のものが事実上残った場合には、原爆被災者に、あるいは原爆被災者法の制定運動に寄付する」との遺言をのこした。
戦後の1946年に「超国家主義の論理と心理」を発表する。
日本人の精神構造について、自身の軍隊で受けた「抑圧の委譲」の経験を踏まえ、凄まじいほどの問題意識で切り込んだ論文だ。
戦時中の軍部を始めとする政府指導者たちの主体性のなさ。
「天皇の臣下である」という思想を中心にすえたところで、全てが免責される。
『東条といふものは一個の草莽の臣である。あなた方と一つも変わりはない。ただ私は総理大臣といふ職責を与へられている。ここで違ふ。これは陛下の御光を受けてはじめて光る。陛下の御光がなかったら石ころにも等しいものだ。』(当時の総理大臣・東条英機の言葉、昭和18年2月6日)
ナチスドイツとの決定的な違いがここにある。
恐ろしいばかりの冷徹な思想を掲げて、ホロコーストを実行した、その責任の所在は明確だ。
しかし、日本では事情が異なる。当の天皇自体、神話という実態のない伝統の権威を背負っている。
ここに無責任体質が生まれる。肝心要の意思決定の責任が誰にあるのか、全くもって見えてこない。
『ナチスの指導者は今次の戦争について、その起因はともあれ、開戦への決断に関する明白な意識を持っているに違いない。然るに我が国の場合はこれだけの大戦争を起しながら、我こそ戦争を起したという意識がこれまでの所、どこにも見当たらないのである。何となく何者かに押されつつ、ずるずると国を挙げて戦争の渦中に突入したというこの驚くべき事態は何を意味するのか。我が国の不幸は寡頭勢力によって国政が左右されていただけでなく、寡頭勢力がまさにその事の意識なり自覚なりを持たなかったということに倍加されるのである。』
『政治は本質的に非道徳的なブルータルなものだという考えがドイツ人の中に潜んでいることをトーマス・マンは指摘しているが、こういうつきつめた認識は日本人には出来ない。ここには真理と正義にあくまでも忠実な理想主義的政治家が乏しいと同時に、チェザーレ・ボルジャの不敵さもまた見られない。慎ましやかな内面性もなければ、むき出しの権力性もない。全てが騒々しいが、同時に全てが小心翼翼としている。この意味に於て、東条英機氏は日本のシンボルと言い得る。』
『彼らに於ける権力的支配は心理的には強い自我意識に基づくのではなく、むしろ、国家権力との合一化に基づくのである。従ってそうした権威への依存性から放り出され、一個の人間にかえった時の彼らはなんと弱々しく哀れな存在であることよ。だから戦犯裁判に於て、土屋は青ざめ、古島は泣き、そうしてゲーリングは哄笑する。』
後年、丸山眞男氏は日本の精神史を解明するのに「執拗低音(バッソ・オスティナート)」という音楽用語を使用する。
「執拗低音」とは、簡単に言うと、
『上声部はどんどん変化するのに、
低音部は同じ旋律が繰り替えされている。
その低音部の旋律は主旋律ではないのだが、
常に上声部へ影響を与え、
気づかないうちに上声部は
その低音の旋律に同化してしまっている』
とでも言えようか。
日本に流入した儒教や仏教、西洋思想も気づかないうちに日本流に換骨奪胎されてしまう。戦後の民主主義も同様に。日本の精神風土を知るには、そうした「変化のパターン」を見ることが必要で、その中に、日本の精神の底流部分「執拗低音」が見えてくる。
では、その「執拗低音」とは具体的に何なのか。「歴史意識の古層」という著述では、記紀などを詳細に分析し、それを
『つぎつぎになりゆくいきほひ』
という言葉で表現している。
「なる」⇒自然発生的に生まれ生まれていく、作り手という主体への問いかけは一切ない、主体がない
「いきほひ」⇒天下の大勢とかいうように世の中の流れ
そうしたものが、「つぎつぎ」に繰り返される。
これはさながら絵巻物のようなものだ。
絵巻物。
読んだところ(いま)だけが見える。
読み終わったところ(過去)は巻き取られ、
これから読むところ(未来)はまだ巻かれていて見えない。
過去に学ぶこともなく、未来のビジョンを描くこともなく、ただ今の流れ、勢いに合わせて生きていくだけ。
こうした日本の精神風土を氏は鋭く指摘している。
丸山眞男氏がこの世を去り10年。
もう一度、氏の所説を学ぶ必要がある。
昨今の情勢を見るに就け、そう強く思えてならない。
それにしても、氏が今生きていたら、今の日本の状況をどう感じるだろうか?
by 兵士シュベイク

