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『源氏物語』と『君が望む永遠』

(LNC·ANEアラインメント論の最終回は次の機会に先送りとする。)

日本の物語史に名高い『源氏物語』の生まれとその後の数百年は、そう恵まれたものではなかった。

『源氏物語』が書かれた頃、物語はまだ芸術として高く評価される分野ではなかった。また、『源氏物語』は皇族や貴族の不義密通物語である。この物語 は、世俗権力が世襲権威に挑戦したことにより生まれたものだった。そして江戸時代まではポルノ小説として扱われ、昭和初期にも教育界で疎んじられることが多かった。

(中学生時代の俺も、たまたまゲージツになったポルノだと思ってたぜ。)

しかし、職業婦人たる紫式部によってかかれた『源氏物語』は、女性の自立の物語でもある。西洋に約1000年も先駆け、日本ではウーマンリブ物語が成立していた。物語の中で、光源氏に関わった女性はほとんど、出家している。当時、出家は女性が自立できる唯一の道だった。

(大人になって読んでみると、印象はかなり変わるもんだ。)

ウーマンリブ物語としての『源氏物語』で特に注目すべきは、紫の上と女三宮である。快活で聡明だった紫の上は、人生の半ばをすぎてから出家を望むようになるものの、光源氏に留められ、望みを果たすことなく鬱屈とした日々を送る。一方、当初は愚鈍といってもいいほどぼんやりした性格だった女三宮は、レイプされて柏木の子供を出産した後、柏木を一睨みで病死に追いやってしまうほどの大貴族たる光源氏を前にして、一歩も引かずに自らの出家を主張し、意志を貫く。

(源氏物語って、レイプ事件多いぞ。紫の上だって、少女時代に光源氏にレイプされ、そのままずるずると妻になってるんだ。それにしても柏木君、前天 皇の娘であり、光源氏の妻でもある女三宮をレイプするほどの度胸がある君が、光源氏の一睨みで病に倒れるなんて、なんなんだぁ?!)

2001年に、『君が望む永遠』という物語が日本に生まれた。もともとこれはポルノゲームとして作られたのだが、卓越したその物語展開が評価され、後に一般向けの深夜時間帯アニメ作品として生まれ変わった。

(俺はアニメから入って、大いに感動し、調べたらなんとエロゲーが原作だったんだよ。ヤバイ世界に入り込んじまった(^_^;)。このブログサイトの執筆陣から外されやしないか、少々心配だ。)

水月はオリンピックを目指す快活な水泳選手、遙は内気で絵本が好きな少女。

(遙ってある意味、男どもの妄想を固めて実体化したようなもんだねぇ。)

孝之に思いを寄せる遙を水月が応援し、孝之と遙はしばし幸福な時を過ごす。

(うわーっ、遙よ、そのおまじない、やめれ?。見てる方が恥ずかしいぞ。高校生にもなってんなことやる娘って、いるんかいな?)

( しかし、このおまじないが、後々まで、だんだん重苦しくなりながら物語に絡んでくるんだよねぇ。)

が、水月もまた孝之への秘めた思いを押さえがたくなっていく。ある日、水月が孝之に指輪をねだってデートに遅刻させたことで、運命は遙を交通事故に巻きこみ、植物人間にしてしまう。絶望に打ちひしがれる孝之を、水月は献身的に支え続ける。

(この部分は、男と女が逆ではあるが、『冬のソナタ』に似てる。『冬のソナタ』が後発なので、『君が望む永遠』のパクリだと疑う奴もいる。)

3年が経過して目を覚ました遙は、後遺症で記憶力と認知力が著しく低下していた。

(以下、詳細については自粛。)

過酷な運命に立ち向かうというよりも、むしろそれ少しずつ理解し、やがて全て受け入れていく遙の心の成長が美しい。アニメ版の物語は、遙が輝かしい未来への扉を開くところで終わっている。

(もしもこの作品が『冬のソナタ』以前に実写化されていたら、純愛ドラマブームは日本の作品から始まったかも知れん。これ作ったâgeさんにいいたい: この物語はエロゲーにゃもったいないよ!)

ポルノ業界はウーマンリブ論客たちから叩かれ続ける宿命を負っているのだが、ポルノゲームとして始まったこの『君が望む永遠』は、最終的に女性の自立の物語になっている。

水泳を断念し、狂おしく孝之を求める水月の姿は、出家を諦めた紫の上や恋人への情念で鬼と化した六条の御息所の姿に重なり、強く優しく成長し、夢を実現する遙の姿は、出家して自立を果たした女三宮の姿に重なる。

『君が望む永遠』のような作品に出会うと、現代の日本に生まれて良かったと思う。日本では、古典文学の美がポルノにさえ生きていると感じられることがある。それに、現代では、女性の自立の道は出家に限らない。遥には次の恋が待っているのだ。

By Lexar, also known as Leoneed

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この記事に対するコメント
ふむふむ・・
なるほどね・・・。
私、源氏物語って、レイプとファザコンの話だと思っていました。
どうしてこれを学校で学ぶのか、不思議だった(笑)

もう一つ、あまり自己実現できなかった中高年女性がのめりこむんですよ、源氏物語には。
そうか、自立の物語として読めるのね。
【2006/07/20 09:49】 URL | G2 #-[ 編集]

???
武田信玄が源氏物語の写しを所有していたと・・聞いたことがありますから、決して低く評価されていたのではないのでは・・
【2006/07/20 11:15】 URL | こう@管理人 #-[ 編集]

少しは、歴史の勉強をしましょう。
>江戸時代まではポルノ小説
江戸時代で「源氏」はそれほど読まれていません。
ましてやポルノ小説って、
本居宣長って、ググってみ。
結果。
本居宣長の『源氏物語』研究は、彼の古典研究の中核に位置するものであるにも関わらず、その総体的な把握を目指した研究はこれまでほとんどなされていない。中でも、現存する一次資料の検討や、それをふまえた上での文献学的研究の実態の掌握と学問的意義の考察は皆無である。唯一盛んに行われてきた、「物のあはれを知る」説の研究も、その概念の解明に論考が集中し、彼の物語論の全体像を明らかにするまでには至っていない。そこで本論文においては、宣長「源氏学」の総体的把握を最終的な目的として、文学評論的研究と文献学的研究の双方について、以下の各章で考察を試みた。

とりあえず、本居宣長が「源氏物語」に「もののあわれ」を認識したとされていますよ。
春画の類ではありません。江戸時代にはポルノ小説よりも春画でしょう。
現代人の眼で、過去を見るからおかしくなるのですよ。
「源氏物語」がポルノって、与謝野晶子で読んだのですか?マンガですよね。笑ってしまいます。
【2006/07/20 19:33】 URL | ごくせん #LkZag.iM[ 編集]

「源氏物語」と「ギャルゲー」
レクサーさんの書いた「君のぞ」を調べました。エロゲーですね。
だから悪いとはいいませんが、「君のぞ」と「源氏物語」と何の関係があるのでしょうか?
「源氏物語」と「ときメモ」と比較して、「ときメモ」の様な作品に出会えて日本人でよかったと思うのですか?
それと、「源氏」で何故「ポルノ」を連想したのかの私なりの推理ですが、「源氏」をマンガで読んだのではありませんか。古文を読んだとは思えないし、「谷崎源氏」を読んだとも思えません。
大体、源氏に性行為の描写なりがありますか?
マンガしか読まないから、そんな上っ面の解釈になるのではありませんか。
こんなテレビアニメを見るとは、よほど変な人ですね。
紫式部からウーマンリブって、強引です。
貴族の時代と現在と比較はできません。
女性の権利は低く、名前すらありませんよ。
姓は紫、名は式部。ではありませんから。
「君のぞ」っていかにもギャルゲーぽいキャラですよね。
「ときメモ」で好きなキャラは誰ですか。
「ひもおゆいな」ですか?
私は「たてばやしみはる館林見晴」です。
ときメモのドラマシリーズは面白かったですね。
ギャルゲーといえば「サクラ大戦」ですね。
ゲームでも戦争は嫌いですか。
「大正維新」「クーデター」。「神崎風塵流・・・・鳳凰の舞!」
【2006/07/20 23:41】 URL | ごくせん #LkZag.iM[ 編集]

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【2006/07/21 01:46】 URL | BlogStation69 #-[ 編集]


http://myp2004.blog66.fc2.com/blog-entry-16.html#comment270

人間のインスタンスとして人物があります。人物には、性別、年齢、身分などの設定があります。

そして、その設定から想定される範疇から人物の行動が逸脱しない場合、その物語は近代的精神を擁しているとはいえません。例えば、『竹取物語』に近代的精神を見ることはできません。近代的精神以前の物語では、娯楽上必要な意外性をしばしばデウス・エクス・マキナ(機械仕掛けの神)が提供し、『竹取物語』では月の世界からの使者たちが登場します。

しかし、『源氏物語』の場合、女たちはかなりの頻度で想定範疇から外れた行動を取ります。そこに描かれているのは、人間のインスタンスとしての人物を超えて、魂を宿す個人に他なりません。源氏物語にもいくつかの奇譚がありますが、物語を終結に強引に導くデウス・エクス・マキナは登場しません。

『源氏物語』以降に近代的精神が目立つ物語が書かれるようになったのは、明治時代のことです。
【2006/07/21 09:07】 URL | Lexar #tV7uNBRQ[ 編集]


http://myp2004.blog66.fc2.com/blog-entry-16.html#comment271

麻生太郎はしばしば、漫画を読んでいるところを目撃されたとかで、2chでも話題になったことがあります。しかし、それだけでは、麻生太郎が読んだ漫画が芸術として高く評価されていることにはなりません。武田信玄が『源氏物語』を写本を所持していただけでは、『源氏物語』についての戦国時代の評価について、決定的なことは何もいえません。

『源氏物語』は様々な時代に、様々な文人たちに評価されていますが、芸術として高くということになりますと、江戸時代の賀茂真淵でもまだ不十分で、本居宣長を歴史は待っていました。彼が使った「もののあはれ」という言葉は、現在でも『源氏物語』を捉える際に鍵となる言葉の1つです。
【2006/07/22 12:31】 URL | Lexar #tV7uNBRQ[ 編集]

サヨクの人はレッテル張りや変な理論が得意
>もう一つ、あまり自己実現できなかった中高年女性がのめりこむんですよ、源氏物語には。
源氏にのめり込むのは、「自己実現ができなかった中高年女性」というのは、明らかなレッテル張りですね。
与謝野晶子や円地文子や瀬戸内寂聴や田辺聖子ですか。
本人でないのでわからないのですが、「自己実現」できなかったのでしょうね。
>麻生太郎が読んだ漫画が芸術として高く評価されていることにはなりません。武田信玄が『源氏物語』を写本を所持していただけでは
麻生氏がマンガを読むのは事実です。でも武田信玄が源氏の写本を持っていたこととと結びつけて意見を言うのはどうかと思います。
現在と戦国時代。戦国時代に製本技術がありましたか。そもそも芸術だから立派。そうでないのは、駄目と考えていませんか。
そもそも「源氏」なんて、周りの人の娯楽のために書かれたものですよね。
平安時代の娯楽って、セックスも数少ない娯楽でしょうし、「物語」も娯楽ですよ。
教養は漢書とかですよね。清少納言は「こうろほうの雪」で自分の教養を自慢してますよ。
平安時代の貴族の生活なんて、想像も出来ません私には。
でも、「源氏物語」が芸術として書かれたものではないし、
後世にこんな高い評価を受けるとは、紫式部も考えていなかったでしょうね。
「枕草子」の方が「庶民の娯楽」のために書かれていないだけ立派か。
「文藝春秋」や「国家の品格」は庶民の娯楽のためにかかれています。って言葉。
娯楽って言葉知ってます?
エンターテイメントとは違うのですよ。
私はエンタメの意味は知りませんが。
【2006/07/22 16:09】 URL | ごくせん #LkZag.iM[ 編集]


http://myp2004.blog66.fc2.com/blog-entry-16.html#comment272

その主張は私の元記事に対する反論を試みているように見えますが、提出している根拠はむしろ私の元記事を支持するものでしょう。

どうやら何か、大きな誤解があるようですね。
【2006/07/23 07:57】 URL | Lexar #tV7uNBRQ[ 編集]


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