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おかしな在宅起訴
社長に罪があると言うのなら
JR西社長 無念にじむ辞任会見(毎日新聞記事から)
http://mainichi.jp/select/today/news/20090709k0000m040120000c.html

どう考えてもおかしな在宅起訴である。

JR西日本の鉄道への整備計画や異常な高速化へのダイヤ改正などを承認し、あるいは、不具合があるのが分かっていながら改善のための指示や勧告を出せなかった国土交通省の責任はどうなるのか?

法的に見れば、昭和41年度の通達「鉄運第11号」によれば、速度照査式ATSの設置を国鉄と小規模の鉄道を除く大手・準大手民鉄に求めているのだが、実はこの運輸省通達は昭和62年の国鉄分割民営化時に「速度照査式ATSの設置費用が莫大になる」として、通達そのものが廃止されてしまっている経緯がある。


国鉄が民鉄に先駆けてATSを装備したのは周知の事実だが、なぜか、戦前、ATSの開発第一段階で完成した装置には速度照査機能が取り付けられていたのに、国鉄が三河島事故の教訓から全線区に設けたATSは単純な停止一方の代物で、速度照査機能はつけられていなかった。

これには当時常態化していた列車のスピード違反を容認・あるいは黙認する政治判断が作用してのことだったのだろうと僕は考えている。

つまり、55年体制における自民党と社会党の見せ掛けの対立=国鉄当局と国労・動労の見せ掛けの対立と言う構図である。

本来、国鉄がJRとなり、民鉄と同じ法律で運営が管理されるようになると、民鉄に求めた「速度照査機能つきのATS設置義務」がJRにも適用されることとなり、そのための改良工事を求める必要があるはずなのだが、当時の運輸省は逆に通達そのものを廃止すると行った暴挙に出ている。

もしも、事故当時の社長ではなかった今のJR社長に事故の罪があり、起訴すると言うのであれば、大事故の頻発を予見できた通達の廃止を行った当時の内閣総理大臣・中曽根と運輸大臣・橋本にもその責を求めなければならないはずだ。

さらに、事故の当事者ではないが、事故現場にいち早く到着し、事故の被害者を救済している現場でのうのうと「視察」を行った公明党国会議員、冬芝、赤松、赤羽、山本などは被害者救済を遅れさせた罪を問わねばならない。

そういった部分に目を瞑り、社長を起訴する検察の態度と言うのは結局は権力中枢に害が及ぶことを恐れていることを、如実にあらわしているわけだ。

尼崎事故のATSがらみの詳細は拙ブログにて。

http://kokutetu.blog.eonet.jp/117/2009/04/ats-5747.html

以下に全文転載します。

ATS・・4年目を向かえた福知山線脱線事故に寄せて

2005年4月25日、福知山線(JR宝塚線)尼崎駅北方で起こった大事故から早くも4年になろうとしている。

この事故で亡くなられた方々は107名に達し、怪我をされた方が562名、その中には今も治療やリハビリ中の方もおられるし、大きな障害を背負うことになった方々もおられる。

亡くなられた全ての方々の冥福を祈るとともに、怪我をされた方々が一日も早く事故の悪夢から立ち直って、普通の生活を取り戻されることを祈るばかりだ。

この事故については拙ブログでも取り上げてきたけれども、ここで敢えて、もう一度自分なりに疑問点を書き出して見たいと思う。

僕自身が疑問に感じているのはATS・・自動列車停止装置の設置やその方式などに関わってきた国や国鉄の責任である。
いくら運転士が異常な心理状態で、電車を高速でカーブに突っ込ませたとしても、「青信号なら何も制御しないが、赤信号なら停止させる」と言う単純な保安装置ではなく「所定の速度を超えたときはすぐさま停止させるか、所定の速度まで減速させる」保安装置があれば、事故は簡単に防げたはずだ。

マスメディアの報道では、後者のような保安装置は新型ATSでなければならないかのような印象を受けるのだけれども、実は、国鉄が採用していたATSにこそ重大な欠陥があるのであり、古くても多くの民鉄に採用されているシステムであればこう言った欠陥は認められないのだ。

僕自身は国鉄部内では車両の検査・修繕がその仕事であったのであり、ATSに関しては門外漢であるけれども、それでも・・鉄道と言うものを少しばかり齧った人間として言うべきは言わねばならぬだろうと思う。

さて、国鉄は大正から昭和初期にかけての急速な技術の向上により、輸送力や列車の速度を大幅にアップして来た。
ただ、保安装置としては色燈式の信号装置しかなく、これを運転者が目視確認して列車を運行するしかなかった。
戦前とは言え、すでに最高速度は100キロのレベルに達し、主要幹線の列車密度も現在と遜色がないほどにまでに達していた。

この状態で、人間の目視だけに頼った方式では、事故はつきもので、実際に東海道、山陽線といった大幹線では信号冒進による事故が頻発していく。
ついに昭和16年9月には網干駅で普通列車に急行列車が追突し、死者65名、負傷者116名と言う大惨事が起きてしまう。

ここにいたって国鉄は自動列車停止装置の開発を決意・・
今なら電車が中心であり、電気的な指令ひとつで列車を制御できるけれども、当時は蒸気機関車が主流の時代、開発には困難を伴っただろうと察せられるが、2年弱で装置そのものは完成を見たそうだ。
この装置は速度照査機能を持った優れたもので、国鉄独自の設計・製作、これを主要幹線に設置すべく工場での量産に取り組んでいたという。

ところが米軍による空襲で工場そのものが消失、開発はまたゼロからのスタートとなった。
(この工場は小倉工場だと言われている)

戦後、すぐに自動列車停止装置の設計に取り組んだが、なぜかGHQからの指示により開発は中断・・

戦後の復興、高度経済成長時に爆発的に増大する輸送需要、車両の高性能化による大幅なスピードアップ・・結果的に重大事故が頻発する事態になってしまう。

ついに起こったのが常磐線、三河島事故である。

詳細は省くが、昭和37年5月3日21時37分、信号無視で安全側線に突っ込んで脱線した貨物列車に、乗客を満載した下り列車が接触して脱線、多くの乗客が避難のために線路上を歩いて移動しているそこへ、上り電車が突っ込んで脱線、転覆し、160名が死亡、296名が負傷する大惨事となったものだ。

これを契機に国鉄は開発途中の自動列車停止装置(以下ATS)を全路線、前車両に設置することを決め、昭和41年に完了した。

ところが・・僕が問題にしているのはこの時に設置されたATSだ。

何故、戦前に出来た速度照査機能を省いてしまったのか・・

あくまでも個人的な考えに過ぎないけれども、当時の国鉄労使の偽りの対立、その裏にあった馴れ合いがあるのではないかと思っている。
国鉄の車両に当時、速度計はつけられていた。
更に言えば、線路、区間や車両ごとの運転速度、最高運転速度も決められていた。
けれども、実際には規定を上回る高速で運転されることが多かったのではないか・・

ATSに速度照査機能がついていれば、そういった事は不可能になる。

昭和50年ごろ、僕が乗車した山陽線の快速や新快速では当時の最高速度をはるかに上回る速度計表示を実際に見たことが何度もある。
「最高速度は100キロに設定されていても実際には120キロ以上は出せる」と言うのが運転現場の声だろうと言うのは、邪推に過ぎるだろうか。

さて、昭和39年3月、名鉄新名古屋駅で急行電車に信号冒進の特急電車が追突する事故が起きる。
速度は比較的低かったのか、負傷者は143名に達したけれども、死者は出ていない。
けれども、この事故を教訓として名鉄はATSの設置を決める。

当時、すでに私鉄では地下鉄乗り入れのために、京急・京成両社が精巧なATSを導入していた。

当時の運輸省も、大私鉄での事故頻発に、ついにATSの設置をある程度規模の大きな鉄道会社に対して義務付ける通達を出すことになる。
昭和41年度、昭和42年1月に出された昭和42年鉄運第11号がそれである。

その中の構造基準を抜粋する。

************

自動列車停止装置の構造基準

自動列車停止装置の設置基準に該当する区間に設置する自動列車停止装置の構造は、次によらなければならない。

(1) 場内信号機、出発信号機、閉そく信号機が停止信号を現示している場合、重複式の信号制御区間の終端、重複式でない信号制御方式では信号機の防護区間の始端までに列車を停止させるものとする。

(2) 速度照査機能をそなえ、速度照査地点を照査速度を超えて進行する場合、自動的に制動装置が動作するものとする。

(3) 照査速度は線区の特性に応じて多段階とし、列車最高速度が100km/h以上の区間は3段階以上、100km/h未満の区間では2段階以上を標準とする。

(4) 停止信号を現示している信号機に最も近い地点における照査速度は20km/h以下とする。

(5) 車上装置の機能が正常であることを運転台に表示する。

(6) 地上設備設置区間を運行する場合は、列車は車上装置を開放して運転できないものとする。

************

ここでは速度照査機能の完備が求められている。

大手、準大手民鉄各社のATSが国鉄=JRのものより数段進んだ性能を持っているものばかりなのは、この通達によるものである。
ところが、この通達は民鉄にこそ義務付けられたが国鉄にはその義務を求めていなかった。

当時、国鉄は運輸省と並ぶほどの組織、運輸省ごときが国鉄の安全対策に口をさしはさむべきではないという、思いが両社にあったとのでは・・とも邪推している

ある意味、福知山線脱線事故の遠因の最初の一つはまさに、ここにあると言っても過言ではない。

しかし、この通達は今現在の政府の「通達データベース」で見ることは出来ない。
それは国鉄が民営化されると、JRも民鉄と法的な区別がなくなってしまうことから、昭和62年3月31日、つまり、国鉄民営化の前日に廃止されてしまう。

これで、JRが速度照査式ATSを持たないでも営業できる法的な根拠が整ったわけだ。

福知山線脱線事故の遠因の二つ目はここにある。

もちろん、JR各社とて国鉄形のATSが現代の鉄道の水準では著しく時代遅れなのは認識しているはずだ。
単に速度を照査できる機能というのであれば、比較的安価に出来る国鉄形ATSの改良でも十分間に合う。
実際にJR東海はこの方式で在来線の安全確保を成し遂げてきている。
けれども、安全面からだけではなく、列車の減速を精密に制御できないことから、ダイヤ編成上の制約もあり、過密ダイヤの線区では増発が難しいと言う営業サイドからの問題もあった。
つまり、平行民鉄を凌駕する大増発により、いっそうの過密ダイヤとし一気に増収を計りたいわけだ。

そこでデジタル技術を駆使した新型ATS、ATS-Pの登場となる。

当然ながら・・JR西日本は速度の高い区間よりも営業サイドからの要請の強い、過密ダイヤが飽和状態に達している阪和線などに、他に優先して新型ATSを設置した。

事故を起こした福知山線や、狭軌鉄道の通勤列車では世界最高速の運行を実施している東海道・山陽線(JR神戸・京都・琵琶湖線)などは後回しにされたわけだ。
しかし、旧型、単純機能のATSしか存在しないこれらの線区で、余裕時分のまったくない、しかもダイヤ上のランカーブが最高速度目一杯で設定されるダイヤ改正を認めたのは、他ならぬ国土交通省である。
これが脱線事故の遠因の三つ目だ。

更に言えば、株式の上場後、JR西日本経営陣に対して、株式配当の上乗せを望む多くの株主たちが、例えばローカル区間の線路保守をなどに要するコスト削減や、さらなる増収を迫ったのだが、JR西日本はこれに答える形で、安全面への配慮よりも営業利益を挙げることに血眼になっていく。
つまりは株主とJRの利害が共通したことにより、安全面よりは営業サイドのための「新型ATS」となってしまったこと・・
これが脱線事故の遠因の四つ目ではないか。

僕は被害者の方々の団体やマスコミが何故に、国鉄やかつての運輸省、更に言えばJRの株主たちの責任を問わないのか・・非常に疑問に思っている。

JR福知山線と並行する阪急宝塚線は、JRの積極的な攻勢により乗客数を減少させてしまっている。
ところが、この阪急と、さらに不完全な安全対策で狭軌世界最高速の通勤列車を走らせている東海道・山陽線に大きな脅威を受ける、阪急神戸・京都線、阪神本線、中小でありながらも必死でJRに抗う山陽電鉄が共通で採用している「連続誘導式ATS」は、これら各社が乗り入れる昭和43年の神戸高速線開業の際に整備されたものだが、JRが「新型ATS」と呼ぶATS?Pに匹敵する高性能を有している。

つまりはある意味では沿線利用客は安全への投資が不完全だが速くて便利なJRを、安全への投資が十分であるが、慎重にならざるを得ないダイヤがJRより見劣りがする私鉄各社に比して選択してしまっている・・事にもなっているといえば、これまた言いすぎだろうか。

さて、脱線事故の後、国会でもこの問題が取り上げられた。

2005年5月16日、衆院予算委員会で小泉首相は上記通達を廃止したことについて「反省」とする見解を述べた。
ところが、当時の国土交通大臣、公明党の北側は「国鉄方式も私鉄方式も停止信号で止めるから安全性に違いはない」とほざいた。
全く鉄道の歴史も、国鉄と言う組織の実態も、あるいは運輸省と国鉄の力関係もご存知ない大臣の発言では、それならATS?Pすらも安全面からは必要ないと言うことになると・・ご本人は理解しておられない。
当時のマスコミもまた同じで、この大臣を叩いた形跡すらない。

いやむしろ、この大臣は被害者ヅラしてJRを攻め立てる方向にばかりむかっていた。

それでいて、この大臣の所属である公明党は事故翌日、未だ全ての人が救助されない状況の中で、国会議員団を現場に派遣し、現場の作業の手を止めさせて現場の「視察」まで行って視察状況の写真撮影までしている。
僕が北側を史上最低の国土交通大臣であるという根拠はここにある。

そういえば、事故の際、テレビなどで取り上げられた「鉄道アナリスト」なる御仁が、盛んに「ボルスタレス台車」の欠陥を説明していたが、どんな商品でも、想定を大きく外れる使い方をすれば異常な動きをするのは当然の帰結ではないか。

制限速度を50キロも上回る高速でカーブに突っ込むようなことまで想定して台車を設計せよとでも言うのだろうか。

僕なりの結論としてはJRに事故の責任の所在があるのは当然である。
その上で、昭和42年、昭和62年に立ち返り、国鉄労使や運輸省、あるいは国鉄改革を成し遂げた当時の政権の責任も当然、小さなものではないはずだと僕は思うし、JRの安全面への配慮を無視した営業努力により株主配当を享受して来た株主にも責任のいったんはあると、僕は思っている。

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【2009/07/16 23:50】 | #[ 編集]


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