Make Your Peace

日々の生活をする普通の人々が平和について考えるサイトです。本ブログは書き手によってカテゴリーを分けています。それぞれの違いもお楽しみください。 by MYP2004

最近のプロ野球を考える


最近のプロ野球は、あまり面白くない。
まあ、楽しんでいる人も多くいるだろうが、
小さい頃からの野球ファンのシュベイクとしては、
どうも昔ほどは楽しめない。

昔の甲子園球場は、それは凄かった。
ゲートから入場し、グラウンドを見渡す観客席に出た途端、
あの一種独特の雰囲気に飲み込まれたもんだ。
あの雰囲気を、どう例えればよいだろうか。

野球が大好きな人もいれば、
ひいきのチームの勝利のために、それこそ命を賭けている人もいた。
会社でむしゃくしゃしたサラリーマンが、その憂さ晴らしとばかりに、
どぎつい(とてもここでは書けない)野次を飛ばしていた。

それは、「熱気」などという生易しいものじゃない。
それこそ5万にも及ぶ人々の5万個の「情念」とでもいうものが渦巻く
坩堝のようなものだった。
「甲子園には魔物がいる」と言った人がいたが、
その魔物の正体は、球場に足を運ぶ人々の心の底に蠢く「情念」だったかもしれない。

最近はどうもそれを感じない。
なぜだか理由は分からない。

最近の野球観戦とは、
どこかでチケットを購入してから、
お決まりのメガホンを手に球場に行き、
選手の打順になればお決まりの応援歌を歌い、
ヒーローインタビューに拍手し、
最後にまた歌を歌う。
こういう一種の流れに乗っかることになっている。

球場に足を運ぶということが、
野球というスポーツの面白さを楽しんだり、
生活上の憂さを晴らすという主体的行為ではなくなっている。
自分が娯楽するのではなく、
システム化された娯楽のルーティンに乗っかって、
楽しんでいる気になっている。

こういう娯楽がシステム化された社会を、どう言うのだろうか。
丸山眞男「自己内対話」の言葉を紹介しておこう。

  余暇の組織化とルーティン化! →管理社会


PageTop

コメント


管理者にだけ表示を許可する
 

農業が衰退すると、野球も衰退するものです。

Lexar | URL | 2008年07月15日(Tue)16:21 [EDIT]