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橋下徹はカオナシである


大阪市長に就任した橋下氏が就任から一週間、精力的に動いている。
「マラソンを400M走の勢いで走っている」と評した人がいたが、
いきなりこんなに飛ばしてあと4年も走り続けられるのか、
大阪市民の一人として豊中市民の大阪市長橋下氏の健康を心から心配申し上げる次第だ。

彼はあの滾々と涸れることを知らぬが如きエネルギーを、どこから得ているのだろうか。
これは非常に興味のあるテーマである。

不思議なことに、筆者の周囲には熱烈な橋下支持者がいない。
支持すると言う人はまず異口同音に、
「なんかええやん。めっちゃ変えてくれそうやし。大体、今の大阪はあかんねん」
とやや期待感がありながら、どことなく現状への得も言われぬ「不満感」を湛えた言辞で
彼に支持を与えているに過ぎない。

一方で非常に目立つのは「橋下ぎらい」だ。
これ、結構厄介なのである。
「坊主憎けりゃ袈裟までナントカ」と言うとおり、
その言葉の端々には、信号が赤いのも橋下のせい、郵便ポストが赤いのも橋下のせい、
とでも言わんばかりの「怨念」のようなものが見えている。

とここまで思い至ってハタと膝を打った。
そう、この「不満」と「怨念」が橋下氏を読み解くキーワードなのだ。

人々の何となくの「不満」、うまく行きそうでいかない「もどかしさ」、
それに対してうまく立ち回って得をしてる奴がいるはずだという「疑念」、
こんな私に誰がしたという「怨念」。
そういうネガティブな人間の感情を、橋下氏は見事に自分のエネルギーにしているのだ。

ここまで来て、賢明なる読者諸氏は「千と千尋の神隠し」のカオナシを思い浮かべることだろう。
目の前の人にウソモノの「金」を見せて次々にパクリと飲み込み大きくなっていく。
周囲はそんなカオナシに気をつかい、煽て上げ、おべっかを使い、食べ物を与え続ける。
だがカオナシは食べても食べても満たされない。腹が膨れない。満足しない。

カオナシを止めるのはただ一つ、静かで穏やかに「いらない」と言う千の澄んだ眼だ。
そうして始めて、カオナシは自分が飲み込んだものを吐き出し、苦しみながらも解脱するのだ。

そうだ。
橋下氏も救いを求めているのだ。
「誰か、僕を止めてくれ」と。

彼を止めるのは、反対者の怒りではない。
千のような「いらない」という澄んだ瞳と心なのだ。

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三年も喪を秘せなかったのか
我が死してのち、三年は喪を秘せよと言ったのは武田信玄らしい・・
外交手腕に優れ、硬軟両用で民衆を自らの支持者に仕立て上げた武田信玄だが、後継者には恵まれなかった。
それは彼が実父を追い出し、実子を殺した報いによるものか・・

キムジョンイルは後継者を持ちえたのか・・
あるいは、キムウィルソンはキムジョンイルを自らの後継者として位置づけたのか・・

この点は、僕は個人的にはキムジョンイルという男は、カリスマには見えず、ただ、高度に官僚化した支配階級の中で、生きざるを得なかっただけではないかと思えてならない。
彼が父親ほどのカリスマであるならば、かの国家の維持にもさほど心労を尽くさずとも良かったかも知れず、パイオニアでもなくカリスマでもない彼の権力は彼の必然性というより、官僚たちの必然性からではないか・・

ここ一ヶ月の不気味なまでの北朝鮮の静けさは、もしかすると、キムジョンイルが既に一月以上前に死去していて、その発表を如何に効果的に行うかというタイミングを見計らっていたのかもしれない。

それが「民衆を指導しに行く列車の中での、突然の心臓発作」と言うことになるのではないだろうか。

カリスマは動かなければならず、長く療養中の病院のベッドの上で静かに息を引き取ることは許されないのかもしれない。
本当は跡継ぎの26歳と言う若さを思えば「三年は喪を秘せよ」とでも言いたいところなのだろうが、情報社会の荒波は北朝鮮と言えど例外ではなく、いつまでも隠し通せるものではない。

偉大すぎる父、キムウィルソンを持ってしまった彼は、もしかしたら北朝鮮の中でもっとも不幸な人間だったのかもしれない。

改革開放を行き、資本主義経済の中で頭角を現す中華人民共和国やロシアと言う盟友に、半ば見捨てられながらも、孤独な道を行くしかない北朝鮮と言う国家のその必然性はキムジョンイルにあるのではなく、社会主義思想の中で巨大化した官僚たちにあるのだと指摘すれば、それはやがてこのごろ特に官僚志向を強める日本と言う国家の行く末にもなるような気がしてならない。

残念ながら日本にはカリスマと言えるほどの政治家は育っていないが、その地盤はあると言うことだ。

カリスマ指導者が率いる団体を見れば日本人の志向性もかの国の志向性もさほど変わらないのではないかとさえ思えてしまう。
右翼を自認する諸君はよく、北朝鮮や中国を左であると言うが、実は官僚機構と言う観点からは、むしろこれら国家は右より、それも極右だと言えるかもしれない。

特定の思想に夢以上のものを持ち、特定の政治家に憧れ以上のものを抱いたとき、日本もまた北朝鮮の歩んだ道を行くのではないか。

民主主義とは衆愚政治の異名でもある。
かのソクラテスは民主主義よりはるかに「哲人政治」のほうが優れているとまで言っている。
その哲人政治もまた、時代の変遷についていけず、後継者を見出せないときは崩壊するしかない。
昨今のリビアもそうだが、哲人大統領チトーを失ったユーゴスラビアの迷走と不幸を思うとき、人間のなすことに所詮大したものはないのではないかとさえ思えてくるのだ。

しかし、死者に鞭打つのは日本の伝統ではない。
今は、指導者だったキムジョンイル氏の死去に謹んで哀悼の意をささげる。

byこう@電車おやじ

テーマ:中朝韓ニュース - ジャンル:ニュース


あなたはどう思うか/日本に来た自分を二流だと言う中国人
 在日中国人の中には次のようなことを言う人が少なくない。「一流の人間は欧米に行く。日本に来るのは二流」。そりゃそうだろうとは思いつつ、自分でそう自嘲的に言うのはいかがなものかと、私はずっと思っていた。

 しかし面と向かってそうは言えない。最近たまたまFacebookでそういう話題が出たので、ある中国人に聞いてみた。すると彼は実に丁寧な返信をくれたのである。以下、面白いで是非お読みいただきたい。

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 ご質問はかなり複雑な問題で、片言ではなかなか説明しきれないと思いますが、いささか私見を述べさせていただきますと、おそらく以下のように、いくつかの原因によって「日本に来るのは二流」という言い方(または印象)が中国の社会現象として生まれてきたと思います。(特に調査や研究はしていませんので、なるべく客観的に述べるつもりでしたが、もし、見解が偏っているところや事実と相違した部分がありましたらご勘弁ください。)

1、大学の知名度や歴史によるもの
 ①歴史から見れば、近代的大学の発端は欧州特にイギリスにある、知名度から見れば、世界大学ランキングのトップ10は米国大学がほとんどですから。
 ②中国は基本的に「面子主義」の国であります。中国人は「始祖」か「トップレベルのところ」から学ぶこと自体「面子」に輝くことだという伝統意識を持っています。)


2、「どの国へ留学するか」は家庭経済能力をアピールする「証拠」になっています。
 権力者や富豪は極端に「面子」を重視しているから、大金をかけて「面子」を買います。彼らは、自分の子を世界的に有名な欧米の大学に行かせるにはいくら金をかけても構わない考え方を持っています。一方、中国の社会は古くから「エリート統治」、「官僚本位」になっています。

 一般民衆は権力者や富豪たちを崇拝する傾向があり、エリートたちの行動からかなり影響を受けやすいので、権力者(官僚)や富豪たちの子と同じところへ留学していることは、「権力者や富豪と同じになっている」というイメージにつながります。つまり、「欧米の有名大学へ留学しているのは、権力者か金持ちなどエリートだ。『一流』のエリートたちが行ったところは『一流』だから、それ以外はすべて『二流」、『三流」だ」という一般民衆の単純な考えです。)

3、中華的思想に基づいた他国を評価する基準と各国の国際的地位からの評価によるもの
 簡単に言いますと、日本から学びたい分野は限られているという印象が強いからです。世界金融の中心は米国ウォールストリートにある。経済の中心は米国にある。政治を主導しているのは米国である、科学技術も米国が最強…。

 一方、中国人による日本への評価は:経済は強い、科学技術力はかなり高い、国民の素質が優秀、日本文化は特別で魅力的、社会は安定しているなどがありますが、中国人の視点から見れば、日本は歴史的な原因によって、ほぼすべてにおいて米国にコントロールされています、特に国を主導する政治面では、何でもかんでも米国に従われています。つまり、「日本は米国あっての日本」というイメージにつながります。これによって、「一流ではない」という評価が生まれたでしょう。)

4、日本へ留学した中国人の実績によるもの。
 日本の大学の留学生選考基準は欧米の大学より低いと思われます。これは、中国留学生が漢字文化という共通点に恵まれているのもありますが、大学の中では、経営存続のために中国留学生を大量に入学させるケースもよく聞きます。これは、「日本の大学に入るには金が足りれば大丈夫であろう」というイメージを中国人に与えています。「質」が低い人も簡単に入れる大学とこの大学の国は、優秀な留学生の選択肢から落ちます。

 また、日本で成功した中国人起業家は欧米へ留学した中国人より少ないのも原因です。欧米で留学した中国人が起業し、グローバルな大企業まで造り上げた実績が多々残されていますが、日本で留学した中国人は実績が足りないです。また、日本は米国、カナダ、オーストラリアのような移民国家ではありませんから、卒業後に日本で定住するのはなかなか難しいです。「卒業後は帰国しかない」のが日本留学の大きな壁の1つになって、「日本留学よりは欧米留学だ」という観点はこれによって生まれました。

5、 政治的な要素。
 中国人は歴史的な原因で、まだ日本に対して全面的に受け入れたい気持ちが少ないです。また、両国それぞれの政治目標によって外交政策がかみ合わない部分が多々あります。等々の影響から、数十年以来、中国人が近隣である国「日本」をいまだに知らない現状が続いています。中国の社会は、日本しか持っていない欧米も及ばず優秀な部分を認識していません。(または、日本と深く接触しようという意欲が足りません。)

 一方、中国は「世界の覇者」と呼んでいる米国に対し関心が高いです。米国への賛否両論に関わらず、すべてを事実として認め、「発展中の中国の鑑」として客観的に見ています。このような政治的な要素の影響で、中国人は日本留学への意欲が欧米留学より低くなっています。

6、中国人の親の理想と子供が見せる現実によるもの
 留学生たちは、もちろんすべてエリートやお金持ち家庭の子ではありません。出国した留学生たちはこの現実を認めざるを得ないのです。「出世する」大志を持つ人間は当然なこと「一流」に行くが、そんなに志を持っていないが、家庭はある程度の余裕がある中国人(いわゆる中間階層)の子は日本留学を選択肢に入れるが多いでしょう。
 
 何故この現象があるかというと、改革開放初期では、「留学」は「エリート」の特権でした。「留学」した人はイコール「エリート人材」というイメージがありますから、中間階層である親たちは、国内で出世できない子に留学をさせ、これを金箔付けの手段と考えています。しかし、彼らの子どもは、決して親と同じような理想を持っていると限りません。一人子政策によって生まれた世代は、自己中心で努力をしない人が多くあります。

 この世代にとって日本は、欧米各国より生活習慣も文化も地理位置も中国に近く、欧米各国に超える規模の大都市が数多くあって、ファッションもリードしていて遊びも豊富でとても親しみやすいです。多くの彼らは、エリートになる野望を持たず、むしろ現実を認め、「中国で働くよりいい収入をもらって、普通に楽しくていい生活を送る」ことに満足できます。だから、人前で自分を「二流」と軽く言い、自分が「二流」でいても何とも思わないようになっているでしょう。
 
★その後、彼から追伸が送られてきた。

 上海にはニュージーランド留学で5年くらい滞在した知合いの女の子がいます。私は昨日ご質問に答えた内容を彼女に簡単に説明したら、「日本が二流?何を言ってるのよ?ニュージーランドやオーストラリアこそ二流だよ!」と言われました。

 彼女のこの一言で、私はまた考えました。海外に行っている中国人は自分のことを「二流」と言いますが、「三流」とは言いたくないようです。もし、米英留学は「一流」で、日本留学は「二流」であれば、彼女が言っているニュージーランドやオーストラリアは「三流」になってしまいますが、彼女はそれを「二流」と主張しました。今の中国人の感情の中では、「二流」ならまだ受け入れるが、「三流」は絶対に認めたくない傾向があります。

 これもまた非常に理解しにくい気持ちだと思いますが、もしかして「中庸思想」の影響で、「まぁ、二番目なら悪くない」という考え方もあるではないかと、私は勝手に推測しています。ちなみに、私自身は自分のことを「二流」と言うつもりは未だにありません。これも気持ち的な問題かもしれません。(笑)
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皆さんはどう思われるだろうか。
私はそういう格付けとは違う次元で、日本に来る中国人留学生の中には日本好きがいると感じている。中国全体が世界を見て欧米志向になっている中、敢えて日本に来る中国人は貴重な存在ではないだろうか。





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