Make Your Peace
日々の生活をする普通の人々が平和について考えるサイトです。本ブログは書き手によってカテゴリーを分けています。それぞれの違いもお楽しみください。 by MYP2004


プロフィール

MYP2004

Author:MYP2004
日々の生活をする普通の人々が平和について考えるサイトです。



最近の記事



最近のコメント



最近のトラックバック



月別アーカイブ



カテゴリー



ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる



RSSリンクの表示



ブログ内検索



RSSフィード



リンク

このブログをリンクに追加する



スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。


NHKに無視された「さようなら原発」集会とデモのルポ/青山通りと渋谷のタウンウォッチングつき♪
写真3

19日の新宿デモでショックを受けた私だが、今日は明治公園に行ってきた。
(この新宿デモについては、二つ前の記事を↓
 目の前で参加者が次々に逮捕されていった/私が体験した9.11新宿反原発デモ)

明日は野田首相が国連で、原発推進政策維持を表明するという。
全くふざけた話で、これが許せるかという気分である。

集会開始時刻に合わせて千駄ヶ谷駅に降りると、ホームに人があふれていた。
なかなか改札を出られない。
花火大会のようだ。
やっと改札を抜け、人の流れに乗って明治公園に着くと、そこはもう人で一杯だった。
誰かが話していたが、遠くて姿も見えないし声も聞こえない。

娘と一緒にステージの横手まで何とか移動して、やっと落合惠子が話していることがわかった。
山本太郎が登場すると、一気に会場が盛り上がった。
華があり、若さと情熱があふれていた。

今回の「さようなら原発集会」は、大江健三郎・落合恵子・内橋克人・鎌田荢・坂本龍一などが呼びかけたものだ。
「いつものメンバーだね」という揶揄の声もあったが、仕方ないではないか。
それより下の世代は、ビジネスに熱中しているのだから。

(何をもって有能だというのかわからないが)今の日本は、有能な人間は皆ビジネスの世界に行くという、アメリカ型の社会になっている。
政府や財界が、政策的にそういう社会をめざしてきた成果である。

お陰で皆ビジネスに熱中している。
男性だけではない。
元客室乗務員もアナウンサーも幸せ主婦も美魔女も、みんな「ビジネス、ビジネス」である。
マスコミもそれを持ち上げる。
市場経済に適応できない人間は、無能だと言わんばかりだ。

かつて、はみ出し者の居場所だった受験産業でも、今や偏差値秀才しか講師になれない。
「リスクは避け、利益にならないことはしない」という風潮が、知識人や文化人を小粒にし、傍観を招いている。
そもそもグローバル経済は本質的に、既成秩序に適応する人間を求めるのである。
教育は、そういう人材を提供する道具になっているのだ。

というわけで、サブカル系の新宿デモに比べて、少し平均年齢高めのデモが始まった。
だが子どもが手を離れ、定年を迎えた世代がデモに参加することは、誉められこそすれ笑われるようなことではないと思うが。
中には車椅子で参加された高齢者もいて、その意志と行動力には頭が下がった。

人数が多いためか新宿デモの教訓からか、コースは三つに分かれていた。
私は個人主体のAコース。
とにかく参加人数が多いから、スタートまでにすごい時間がかかる。
デモの出発点にふさわしい広場がないことが問題だ。

秩父宮ラグビー場の前を通って外苑前の交差点に出るまでは、本当に少しずつ前進することしかできなかった。
人通り(ギャラリー)も少ないし。
あまりにも前に進まないので、本を読んでいる人もいた。

でも青山通りに入るとギャラリーも増え、ラフォーレ原宿に差しかかる頃にはデモは注目の的になった。
私も張り切って声を出す。
特におしゃれなカフェの前を通る時など、「聞いてもらいたい」という気持ちになるのか、みんな一段と声を張り上げる。

ハンドマイクを持っている人が「お食事中の皆さん!」と声をかけると、笑いが広がった。
「米食わせろ!」「きのこ食いてぇ!」というシュプレヒコールもあった。
和気あいあいである。
ハンドマイクで何かを言い続けるというのも大変で、ど素人だけの集まりでは無理だ。
かと言って黙ってぞろぞろ歩くのもおかしい。
何だかんだ言っても、ネトウヨさん言うところの「プロ市民」がいなければ、やはりデモは成り立たないとわかった。

通りがかりの人が拍手してくれたり、車からクランクション鳴らしてくれたり。
脱原発世論が広がっていると実感した。
だが、政治や経済の仕組みがそれを阻んでいるのである。
ここを突破するために、もう一押し二押し!

青山通りにはふだんあまり来ないので、きょろきょろと周囲を見回して観察してみた。
久し振りに来てみると、ずいぶん感じが変わっていた。
10年程前、青山通りにはグッチやルイヴィトンなど、ヨーロッパの老舗ブランドが軒並み旗艦店をオープンさせた。
日本の若者はまだそういうものを追いかけていたし、そういうものを買う経済力もあったのである。

だが数年前からグローバル経済の更なる拡大に伴い、H&MやZARA、フォーエバー21のような、1シーズンしか着られない安い服を売るファストファッションが席巻。
今やブランド品を買いあさるような女性は少数派になった。
特に20代では、もはや高級高額品に憧れる若者はいない。
青山通りの高級ブランド店は閑散としていて、時代の変化を物語っていた。

だが、ファストファッションにも問題が多い。
背景に若者の非正規雇用化と貧困化があるからだ。
ファストファッションは若者の未来をむしり取っている。
数千円で服が買えるのに、年金料を払おうと思うだろうか。

だがこの震災で、若者の意識はさらに変わった。
ある調査によると、「一年しか着られない安い服と、少々高くても数年は着られる服とどちらが欲しいか」という設問に対し、震災後は8割が後者を選んだという。
ファッションプロデューサーの小島建輔は、「ファストファッションは終わった」と明言している。

一緒にデモに参加した娘も、「ファストファッションは安かろう悪かろうでセンスも悪い。服を買っては捨てるなんて、ゴミも増えるし倫理的にも良くない」と批判的だ。
「これからは、長く着られる服を大事に着回しながら、後はフリーマーケットなどを利用して交換するのがいいと思う」と言っている。
悲惨な震災だったが、こういう堅実な価値観を生んだのがせめてもの慰めだ。
これほどの犠牲の上に生まれてきた堅実な生き方を、私たちは大切に育んでいきたい。

渋谷の東急本店前には一昨年、大型書店が撤退してH&Mが出来た。
六階建てのビルが丸ごとH&Mなのである。
マスコミは大騒ぎしたが、入ってみるとショボい。
先端をいっているようで実は画一的でしかない。

H&Mがスウェーデンのブランドだというのがさらに驚きだったが、
つまりグローバル経済と新自由主義が、北欧にまで入ってきているということなのだ。
これが、ノルウェーで排外主義者が銃を乱射した事件の背景にある。
ヨーロッパの老舗ブランドがグローバル経営に乗り出したのも、
創業者の子や孫たちがアメリカに留学して、MBAを取り出してからだ。
何かが失われて経営姿勢が変質したのである。

北欧発とは思えないH&Mの派手で安手の服を見て、私は暗い気持ちになった。
そのH&Mも、日本での収益が急速に下がっているそうだ。
東急本店前のH&Mも来年には無くなるかもしれない。

デモは明治通りから西武の前を通過した。
パルコが無くなって、このあたりも一時の勢いはない。
渋谷は80年代、セゾングループの仕掛けでいきなり消費の街に変貌、バブル期に隆盛を極めた。

だが、消費だけに依存した街はいつか停滞する。
街の命はやはり生活文化だ。
生活文化を破壊して消費の街をつくっても、その繁栄は期間限定である。
渋谷を歩きながら私は、いままた各地で繰り返されている再開発と消費化の行く末を思った。

さて、デモは警察官の過剰警備もトラブルもなく終了した。
途中で、日の丸の扇子を持った目つきの鋭い男性が座り込んでいて、横に三人の警察官が立っていた。
男性が動くと警察官も一緒に動く(笑)
横断歩道を渡る時に走ったら、「急がなくても、転ばない程度でいいですよ」と言われた。
そんなに走り方が危なっかしかったか(汗)

つくづく、前回の新宿デモが異常だったのだと思った。
主催者が反権力反権威を標榜しているからだろうか。
もう一度行って確かめようかと思うが、家族が反対している。

デモはNHK前で流れ解散となり、それぞれ休憩したり原宿駅に向かって歩いたりした。
まだ他のグループのデモが続いている。
労働組合が多いBグループは、中年男性が太い声で叫んでいるせいか、シュプレヒコールが少し過激に聞こえた。
別に過激なことは何も言っていないが、道往く人にはそう見えたかもしれないということである。
私が参加したAグループは、女性と若者が主導していたので傍目にも和気あいあいに見えたと思う。

日本のような難しい社会では、正直どう見えるかということも無視できない。
やっと一般市民がデモに参加するようになったのである。
ここは考えて行動しする必要がある。
大勢が体にゼッケンを付けて歩くのも考えものである。
服装も大事だ。
私も今日はとっておきのネックレスを付け、アイシャドウまで塗って参加したが、誰も見てくれなかった。

とにかく、センスのいい人たちの集まりという印象を与えることが大事だ。
娘は「デモにもコンサルタントが必要ではないか」と言っていた。
確かに。電通や博報堂はやりそうにないし。
自分たちでやらるしかない。
それにはまずノウハウの蓄積か。
やはり「プロ市民」の知恵も借りる必要があると思った。

なお今日は多くの参加者がいたが、動員も多く様々な主張を持った人が集まっていた。
一番驚いたのは革マル派の横断幕である。もはや天然記念物!
チラシも配っていたが、さすがにガリ版刷りではなく進歩が見られた。
「僕たちずっと日大全共闘」という幟もあって、笑ってしまった。

「憲法改悪を許さない会」のような幟もあって、批判も色々出るだろうが、誰がデモに参加しようが自由だ。
政治的主張を持ったグループは参加してはいけないというのも、おかしな話である。
動員は悪とされているのもおかしくないか。
日本のように、高度情報消費社会で個人が孤立させられている社会で、100%自主的に集まったデモでなければいけないというのは非現実的である。
実際、欧米のデモだって動員が多い。

だが日本でデモを日常に定着させるためには、あまり政治化させないという戦略も必要ではないだろうか。
その辺のさじ加減は難しい。
今後の課題だろう。

写真は表参道をゆくデモの様子。
ブレていて申し訳ないが、この写真が一番躍動感を伝えているので。


スポンサーサイト

欲望に迎合するNHKの愚民化政策に怒り! 無意味な視聴率追究はやめるべき
間もなく公開される映画、「セカンドバージン」のテレビCMが始まった。
よくこんな恥ずかしい映画をつくれるものだと思う。
それをマレーシアの日本映画祭で上映するそうだ。
NHKが絡んでいなければ不可能だったろう。

そもそもNHKがこんなドラマを放映したこと自体、驚きだった。
鈴木京香演じる美しいキャリアウーマンが、17歳年下の既婚男性と愛し合う。
加えて濃厚なシーンもあるから当然話題になった。

サラリーマン系週刊誌や女性誌も取り上げた。
狙い通りの展開だったろう。
なりふり構わず視聴率を追いかける、最近のNHKを象徴するようなドラマだった。

NHKの朝の情報番組「あさイチ」は、民放を抑えて視聴率トップを走っているらしい。
当然だ。民放があまりにもくだらないし、「あさイチ」は社会性もある。
同世代の女性を意識して、朝からセックスレスだの美魔女だのといった話題も取り上げる。
そして人気番組のキャスターになった有働アナは、何を勘違いしたのかすっかり派手になった。
しかも残念なことに、中途半端に派手なのである。

「朝イチ」を観ていると「AERA」を連想してしまう。
それにしても、あの時間にテレビを観ている女性がそんなにいるとは驚きだ。

そもそも公共放送がどうして、話題性や視聴率などというものを追いかけるのだろう。
女性アナは中途半端にタレント化し、一方でタレントをどんどん起用し(というより依存し)、
スポーツニュースでは超ミニスカートの女性アナの足を映す。
報道番組以外は全てバラエティーだ。
最近は専門家を集めたバラエティーも始めた。

全くどうかしている。
恥を知るべきだ。
地上波では、この程度のものを与えておけばいいと思っているらしい。
愚民化政策である。

一方で言語能力はどんどん低下。
お天気キャスターは「蒸し暑い」というところを、「蒸し蒸しするでしょう」と言う。
堂々と地名を読み間違える女性アナもいる。
民放の真似をしてミスキャンパスを採用しているのだから、しょうがないか。

公共放送がこんな状態では恥ずかしい。
さらに奇妙なことには、表立った批判が出てこないのである。
無関心なのか鈍感なのか。
マスコミのみならず文化人も空洞化している。

いま日本社会が抱えている最大の問題の一つは、知性の担い手であるべき人間の低俗化だ。
大学教授も総理大臣も軽い。
ジャーナリストがTwitterでタメ語を使っている。
それを親しみやすさと勘違いしている。

これでは、社会から尊敬という概念が消えてしまう。
公共放送は一目置かれる存在であるべきだ。
そういう存在があってこそサブカルチャーも育つ。
全てがサブカルチャーになったら、文化は崩壊するのである。

カワイイだの韓流だのと騒ぎ、YouTubeの後追いをするのもみっともない。
公共放送の役割は他にある。
NHKは愚民化政策をやめるべきだ。




目の前で次々に参加者が逮捕されていった/私が体験した9.11新宿反原発デモ



昨日、新宿の反原発デモに行った。
前回、二名の逮捕者が出たと聞いていたので少し不安があったが、
この前は渋谷に行ったし、今度は新宿を歩いてみたいという軽い気持ちだっだ。
終わったらカフェで休憩して、その後は紀伊国屋で新書でも探すつもりだった。

デモは届け出た東口方面が許可されず、西口南口方面にコース変更されたというこ
とだった。だが集合場所の新宿中央公園に行ってみると、既に不穏な雰囲気である。
まず警察の警備が普通じゃない。
警察官がズラッと並んでいる姿は、それだけで威圧感がある。
しかも写真を撮りまくっている。
紫外線よけのサングラスをかけてきてよかったと思ったが、逆に目立つ・・・

一方デモ隊の方も、先頭のサウンドカーに乗るパンクロッカーたちが、既にエキサイトしていた。
彼らは前回、仲間を逮捕されている。
いつもいつも、こうして過剰警備されることへの怒りが爆発寸前だったようだ。

さて、大勢の人が集まっていよいよデモ行進が始まった。
混乱を避けるためもあるだろうが、小さなグループに分けて10分おきに出発するから、
道往く人はからは少人数にしか見えないだろう。
残念だ。

出発時刻が近づくと、空気がぴりぴりして緊張感が走った。
警察が本格的な警備体制に入ったのがわかる。
そして出発時、先頭集団にいきなりすごい規制がかかった。
道がふさがれて、細々としか出発できないのである。

初めての人もいただろう参加者たちの多くは、不可解な気持ちを抱きながら歩き始めたと思う。
しかも出発と同時に警察官が、いつもは帽子ひさしの部分にかけている紐を一斉に顎にかけた。
私は恐怖を感じた。後で知ったのだが、この時点で既に逮捕者が出ていたらしい。

とにかく規制がすごい。
車道を歩くのだから、事故を起こさないためにも規制が必要なのは認めるが、これは過剰である。
参加者が多いから、汗にまみれた体がぶつかり合う。
それで広がろうとすると、中に押し込まれる。

それを避けて、歩道に出る参加者が増えていった。
だが一度歩道に出ると、もう隊列には戻れない。
これではデモにならないではないか。
息苦しい雰囲気が漂い、デモ隊にストレスが溜まりはじめた。

そのストレスは、甲州街道に入って新宿駅南口に差し掛かった頃、沸点に達した。
私は先頭集団の前の方、サウンドカ-が近くで見える位置にいた。
突然サウンドカ-が止まり、揉み合いになっている。
サウンドカ-と後続のデモ隊との間に、警察官たちが割り込んでいる。
訳がわからない。なぜ警察官たちが割り込んできたのだろう。

と思ったら、後ろでもトラブルが起きている。
参加者たちが何事かと近寄ろうとするが、警察官に制止されて近づけない。
一方、警察官らは集団で誰かを取り囲んでいる。
人が倒れているのが見えた。
私の横にいた男性が、連れていた子どもを一緒にいた知人らしき人に預けて、跳んでいった。

やがて警察官が参加者を逮捕しようとしていることがわかって、私は愕然とした。
こういう光景を目の当たりにしたのは初めてだったので、声もなく見ているだけで何もできなかった。
こんなにあっけなく逮捕されるものなのか。
子どもを預けて跳んでいった男性が、地面に抑え込まれているのが見えた。

「血を流している人がいる!」。近くで叫び声が聞こえた
手を繋いで参加していたカップルや子連れの若夫婦が、驚いて立ちすくんでいる。
日本を危機に陥れている原発推進政策に異を唱えようという気持ちだけで、つまり愛国心から、
貴重な日曜の午後に炎天下を歩いているのに、このような事態になるとは。
逮捕の指揮を取っているらしい公安刑事の怒鳴り声が凄くて、全身から血の気が引くのがわかった。

聞くところによると、ここで離脱した参加者が大勢いたらしい。
誰だって警察沙汰には巻き込まれたくないし、勇気を出して初めて参加した人は恐れをなすだろう。
私は以後、嫌な気持ちで歩きつづけた。
右隣にいた学生風の若者も、警察官がいくら「もっと中に入って!」と言っても、顔を強張らせたまま、頑として言うことを聞かなかった。

私の左側にいた若い警察官は人の好さそうな顔をしていて、方向音痴の私がきょろきょろしていると、「もうすぐ靖国通りですよ」などと、親切に教えてくれる。
だがそういう警察官も突然、別人のようになるから恐い。
私の実感では私服警官もかなりいた。

靖国通りでは在特会が待ち受けていた。
在日特権を許さない会である。
私は初めて噂の在特会を見たので、目が釘付けになった。
彼らは日の丸と旭日旗と、「原発デモは過激な反日デモ」というようなことが書かれた幟を持ち、「極左!」などと叫んでいた。

デモ隊の中には近寄って口論し、結局は小競り合いになって逮捕された人もいたらしい。
もう逮捕の嵐である。
そのどさくさの中で、誰かが在特会のメンバーから暴行を受けたように見えた。

デモを覆い続けた不快感は、新宿中央公園に戻った時に頂点に達した。
高い車の上に乗った警察官から、即解散を命じられたのである。
「君たちのデモは終了している! すぐに解散しなさい!」。
この言い方にも驚いた。

みんな二時間歩いて疲れている。
トラブルもあったし、精神的にもけっこう参っていた。
ここで少し休みたいと思っていた。
それがいきなり解散命令である。
私は善良な一般市民で、社会に迷惑をかけたこともないし、人からこんな言い方をされたこともない。

座り込んでいた若者がぽつりと言った。
「どうして命令口調なんだ」。
こういう声もあった。
「初めから潰しにきたとしか思えない。これじゃデモにならない」。
「どうして公園にいてはいけないのか」と抗議に行った人がいたが、
また逮捕されるのではないかと、私は気が気ではなかった。

高い所から解散命令を叫び続けていた警察官は若かった。
恐らくキャリア組なのだろう。
デモ参加者は完全に見下されていると思った。

この新宿デモ自体が見下されているのである。
最初から狙われていたのだ。
エコロジー系が多く参加する渋谷のデモでは、ここまでの警備はなかった。
解散命令もなかった。

19日の代々木公園の集会やデモも、こういうことにはならないだろう。
大江健三郎や落合恵子ら、文化人が呼びかけているからである。
だが新宿デモは、素人の乱が主催するサブカル系である。
サウンドカーに乗っているパンクロッカーたちは、お行儀も口も悪い。
怒りに任せて叫ぶ。
新宿デモは挑発しやすく、叩きやすかったのだ。

だが、それで逮捕されるとは思わなかった。
彼らは上手にスピーチすることができないし、感情的本能的に行動する。
良識的とは言えないし、怒鳴ることもある。
だが社会的には何の力もなく、人を傷つけているわけでもない。
いま多くの人が傍観している中、多大なリスクを背負い、何の得にもならないことに必死で取り組んでいるのだ。

確かに彼らのやり方は下手だし、大企業の良識的な正社員が見たら眉をひそめるだろう。
だが原発が日本社会を危機に陥れ、国民の生命と財産を脅かしていることに対する彼らの怒りは正当だ。
今は怒るべき時なのである。
目の前で進行している、このあからさまな不正義を許していいのか。

彼らは少なくとも傍観者ではない。
一体誰が反原発デモの先頭に立つだろうか。
世の中、全てわかっていて何もしない常識人や評論家ばかりだ。

私は、数十年に及んだ水俣病原因究明の過程を思い出した。
水俣の漁師たちは上京し、チッソ本社前で座り込みをし、声の限りに叫び、幹部たちを怒鳴った。
端から見たら、下品で乱暴に見えただろう。

だが海で体を張って生きてきた漁師たちが、東大出の幹部や官僚を冷静に理路整然と説得できるだろうか。
彼らには怒りに任せて叫び、全身で訴える以外になかったのだ。
そんな漁師たちの「行儀に悪さ」に対する世間の冷たい目が、
原因究明と問題解決を送らせた原因の一つだったと私は思っている。
問題の本質を見るべきだ。

確かに日本の場合、中間層の広範な支持を得るには、渋谷のようなパレードの方がいいだろう。
個人的には、花を持って「世界で一つだけの花」を歌いながら歩くのはどうだろうかと思っている。
ただ「お行儀のいいパレードならいいがデモはダメ」、「デモは従順におとなしくやれ」というのもおかしい。

翌朝の新聞は逮捕者の数ばかりを伝えた。
中には「違法デモで12人逮捕」といいう見出しもあった。
違法デモ! ちゃんと許可を取って行なったのに。
しかも参加者を2千人と矮小化していた。

法律では認められていても一般人は参加しなくなっていたデモが、原発を機に復活した。
恐らく、それを快く思っていないのだろう。
その切り崩しの端緒として、新宿デモはうってつけだったと思われる。
また過激な連中が集まって何かやっているという、悪い印象を広める上で。
実際には、本当に普通の一般市民がたくさん参加していたのだ。

民主主義はかよわい。
法制度をいくら整えても、すぐに空洞化する。
ストもデモも違法ではない。

たとえそれが上品なものではなかったとしても、逮捕の理由になるのか。
私たち一般市民は、これを肝に命じるべきだろう。
公権力を行使できる立場と行使される立場の、圧倒的な違いを知らなくてはならない。
非暴力の反原発デモで12人が逮捕されるなんて、異常事態としか言いようがない。

私は今までこういう話を聞いては怒りを感じていたが、実際に見てみると信じられない光景だ。
聞くと見るとは大違いである。
今思い出してみても、どうしてあそこでいきなりトラブルが起きたのか、現場にいたのに理解できない。
警察官が割り込んでくれば当然、体もぶつかるし混乱も起きる。
何が起きているのかわからないうちに、あっけなく逮捕だ。
まるで悪夢である。

新聞などによると、主催者を逮捕した理由の一つは「デモの隊列を広げた」ことだそうだ。
こういうことが逮捕の理由になるなんて、どういう法律なんだ。

ドイツのメディアはこう報じている。
「デモが、誰でも参加できる楽しい祭りにならないよう圧力をかけている」
確かに、アングラ文化やフォークゲリラなどの伝統がある新宿で、
若者が参加するデモができないようにする狙いがあったのかもしれない。
もしかしたら初めから、南口の人通りの多いところで逮捕劇を繰り広げる作戦だったのか。

今、恐怖は悔しさに変わっている。
連行されていった若者の一人は、初めてデモに参加したような感じで、茫然自失状態だった。
今、どういう思いで勾留されているのだろうか。

[READ MORE...]



上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。