Make Your Peace
日々の生活をする普通の人々が平和について考えるサイトです。本ブログは書き手によってカテゴリーを分けています。それぞれの違いもお楽しみください。 by MYP2004


プロフィール

MYP2004

Author:MYP2004
日々の生活をする普通の人々が平和について考えるサイトです。



最近の記事



最近のコメント



最近のトラックバック



月別アーカイブ



カテゴリー



ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる



RSSリンクの表示



ブログ内検索



RSSフィード



リンク

このブログをリンクに追加する



スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。


脱原発の声はなぜ広がらないのか/沈黙する中間層
元駐レバノン大使の天木直人氏がメルマガで、反原発の声が広がらない現状を平和運動のそれになぞらえている。「社民党や共産党、そして市民団体が声を上げれば上げるほど、一般市民が引いていく」と。

確かにそうだ。
根本的には、マスコミがさも一部の過激分子であるかのごとき扱いをして、刷り込んでいるからだが、「そういう人たち」というふうに分類されているのが痛い。

もっと中間層に近い人が声を上げないといけない。
でもこの層は基本、生活保守主義で変化を嫌う。
戦前もこの層が安全地帯に逃げ込んで、結局は暗黙の戦争支持に回った。
まぁその結果、家族を守ることもできなくなったわけだが。

ビジネスマンにも、骨のある人間はなかなかいない。
原発はリスクばかり高くて採算が取れないのに、わかっていて利権に群がっている。
その挙げ句がこのザマだ。
本当の愛国心が無いのである。

そういう意味で、孫正義の行動は注目に値する。
いま最も期待できるのはこの人だ。
あと城南信用金庫もね。
これから色々とビジネスの邪魔をされたりして大変だろうが、応援していきたい。

長女が参加した24日のデモはアースデーに合わせたもので、すごく参加しやすい雰囲気だったという。 道往く人々も次々に参加してきたそうだ。
長女も、「思い詰めたような人々と一緒に警官隊に対峙するようなことは、私にはできない」と言っている。
本音だろう。
 
反原発より脱原発の、政治色の強くないやり方の方が効果的だ。
Twitterにはこういう脱原発の声があふれているが、これをどう現実社会に反映させたらいいのか。なかなかいい知恵が浮かばない。
スポンサーサイト

原爆投下という悲しい免疫/原爆と原発はつながっている2
田中好子の代表作であり、今まさに観るべき映画である「黒い雨」が封印されていることが、さすがにネットでも話題になり始めている。
あるテレビ関係者の言葉だ。
「個人的には放映するべきだと思うが、スポンサーの意向があるから」。
イメージを気にする大企業は、どんなものであれクレームが付くのを嫌う。
これが、CM収入で成り立っていて私達が無料で観ている、テレビというビジネスモデルだ。

それにしても今日本人が、放射能が漏れ続けている中で淡々と生活しているのはなぜか。
どうしようもないというのが最大の理由だが、実はもう一つ複雑な背景がある。
それは原爆投下という免疫があることだ。
最悪の事態を経験してしまったために、無意識のうちに「あれよりひどい事にはならないだろう」と思っているのである。

それを経験していない外国人が恐れおののいて、猛烈な勢いで日本を脱出するのを見て、私は改めてこの免疫を悲しく思った。
原爆投下はまさに人類始まって以来、極限の事態であり、空前絶後の体験だったのだ。
 
数年前、広島の秋葉市長が国連の本会議場で、核廃絶を訴えたことがあった。
とても期待していたのだが、どういうわけか、その演説は昼休みが始まる時間に設定されてしまった。
 
そのため、秋葉市長が演題に上がって話を始めようとすると、各国の代表たちは昼食をとるために席を立ちはじめたのである。
慌てて議長が「今から広島市長の話があります」と言ったが、ほとんどの人はそのまま出ていってしまった。
 
がらがらになった本会議場で、原爆の悲惨さを訴える秋葉市長の姿をテレビで観た時、私は悲しくて号泣してしまった。
どうして私たちの訴えは世界に届かないのか。
原爆の悲惨さを世界が知るのは、一体いつのことになるのか。
もちろん、その大きな理由は日本人は加害責任を自覚しないことなのだが。
 
しかし、原爆の悲惨さを知らないのは日本人も同じだ。
いや日本人こそがこ、の悲劇から目を背けてきた。
それが地震列島に54基もの原発を建ててしまった、本当の理由である。

なお、「黒い雨」は渋谷のアップリンクファクトリーで上映されることになったらしい。

[READ MORE...]

原爆と原発はつながっている/全ての始まりは原爆投下だった
元キャンディースのスーちゃんこと田中好子が55歳で死去して、代表作「黒い雨」がテレビで追悼放映されるかと思っていたのだが、そういう動きはない。
福島第一原発でトラブルが起きてから、原爆について触れることが禁忌になっているのだ。
なぜだろうか。

マスコミは恐らく、被災者に配慮してと言うだろう。
なぜなら、そこには原子力による災害という共通性があるからだ。
しかしだからこそ、原爆について今もう一度考えなければならないのではないか。
そもそも原爆と原発のメカニズムは、根本的には同じなのである。

原爆投下こそ、全ての始まりだった。
核分裂の巨大な力を目の当たりにし、実際に使えるということが証明された時、核時代の幕が開き原発の時代が始まった。

そんな無謀な計画が実現したのは、原爆の恐ろしさについて充分な情報が広まらなかったからである。
原爆と同じ原理を使って電気をつくることが、危険を通り越してどれほど無謀であり、人間の生命を脅かし人生を破壊するものなのか。
これを世界はよく知らない。

唯一の被爆国である日本人自身もよく知らない。
日本人は原爆の恐ろしさを直視できなかった。
さらに、投下したアメリカの属国のようになったため、ろくに抗議すらしていない。

アメリカの後ろ盾で始まった戦後体制、自民党長期政権は、むしろアメリカの犯罪を隠蔽する手伝いをした。
犠牲者を切り捨てたのである。
そして、「原子力の平和利用」というスローガンを掲げて原爆被害に目をつむり、
アメリカの後追いを始めたのだ。

福島第一原発の現状は、戦後日本の政策の破綻したことを意味する。
議論すべきは数値ではなく、政策の破綻についてである。
そしてその議論は、原爆投下から始めなくてはならない。

原爆と原発はつながっている。
日本人にとっては、原爆問題こそが原発問題の出発点である。
こういう話が全く出てこないのは何故だろうか。
日本人の知性はここまで劣化したのだろうか。
今必要なのは戦後日本の検証なのである。


唯一の被爆国から海洋テロ国家へ/日本が受けた計り知れない損失
香港の飲食店にこういう貼紙がしてあった。
「日本製農産物は使っていません」

ああ、密かに誇りに思っていたジャパンクォリティ-が台なしだ・・・(涙)
東北の美味しい果物も、ちょうどアジアに売り込みをかけていたところだったのに、白紙以前の状態になってしまった。

原発災害をいつまでも収束できない、日本の国際的信用はがた落ちだ。
それに拍車をかけたのが、汚染水の海洋放出である。
記者会見でさらっと発表され、耳を疑っているうちに実行されてしまった。

驚いたのは国際的社会、特に韓国や中国などの近隣諸国である。
韓国は「聞いていない。国際法違反ではないか」と疑義を提し、中国も不快感を示した。
実際には直前に連絡していたのだが、FAXを一枚送りつけただったらしい。
これが連絡と言えるかどうか。

私にとって何よりショックだったのは、唯一の被爆国が結果として、海洋テロ国家に変貌してしまったことだ。
核兵器の恐ろしさを世界に訴えるはずの日本が、逆に汚染水を公海に放出したのである。
この事実が持つ計り知れない衝撃と影響を、日本人は深刻に受け止めるべきだ。

しかも、これはアメリカの発案だったというのだから言葉もない。
原爆を落とされた国が落とした国の言いなりになって、加害の側に立つとは。
国際貢献も何もあったものではない。

だがこれは、戦後日本の矛盾がわかりやすい形で吹き出したに過ぎない。
ずっと裏でやってきたことが、隠しようもなく噴出したのである。
そしてトモダチ作戦の名の下に、日米軍事同盟はさらに強化されつつある。
どこが政権を取ろうが、日本政府は常に対米追随である。

唯一の被爆国として、何はともあれ核兵器の恐さを主張できるはずだった日本外交の根拠が、音を立てて崩れた。
これはとてつもない損失である。

この深刻さに気付いていないのは、国民も変わりはない。
日本人は原爆投下から何も学んでこなかった。
この思想的空洞は、やがてみずからに降りかかってくるだろう。
既に降りかかっているが。



原子力発電

京都大学原子炉実験所の小出裕章助教授の話

によると、原子炉がなくても発電量はほぼ十分であり、足りなくなるのは夏場のごく限られた期間の数時間だけらしい。

http://www.geocities.jp/tobosaku/kouza/plice.htmlには、政府による原子力発電経費予想が、


  • 1985年: 10~11 [円/kWh]
  • 1992年: 9 [円/kWh] (利用率70%, 耐用年数16年)
  • 1999年: 5.9 [円/kWh] (利用率80%, 耐用年数40年)

という感じでどんどん小さいものに書き換えられてきたことが報告されています。政府の試算結果は、東京電力による柏崎原子力発電所についての試算の1/3という非現実的なものです。

上に紹介した動画やサイト以外に、原子力発電全体が資本主義的に成り立ちそうにないことを示すデータは夥しく存在しています。電力会社にとって利益が生じているのは、政府が原子炉の開発そのものを含めて多額の税金をつぎ込んでいるからにすぎない。

また、廃棄物の最終処分を始めた国はまだ地球上に存在せず、実際にどれくらいの費用がかかるのかは、300年くらいたたないとわからない。

ここからは私の推測が幾分含まれます。

原発を持つことは周辺国に対する軍事的な圧力効果を生みます。だからこそ、国際社会は北朝鮮やイランの原子力技術開発に目くじらを立てます。

また、人間の手である元素を別の元素に変換するという行為そのものに、どこか抗いがたい魅力があります。アメリカでは原子力技術の黎明期に科学者が何人も被爆で死んでいます。比較的最近では、15歳の少年が自宅の手製原子炉でプルトニウムを作ろうとして騒動になったことがあります。逮捕された時、少年の顔はにベータ線被爆によるものと思われる症状が見られました。

乱暴にまとめますと、発電を行うために原子炉を稼働しているのではなく、原子炉を稼働することを正当化するために発電を行っているのです。

テーマ:政治・経済・時事問題 - ジャンル:政治・経済




上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。