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鉄道よ、座して死を待つな!
麻生政権最大の大失策、「土日・休日の高速道路1000円」の影響で鉄道、特に長距離旅客を対象にしたJR特急列車の利用率が大幅に下がり、鉄道各社は危機感を募らせている。

今年の夏の輸送ではJR四国においては前年度比85?87%と言う厳しい数字がでていて、普通の民間会社なら倒産の可能性すら出る数字でもある

さらに、新政権たる鳩山政権においては、高速道路の完全無料化を実施する方向で検討がなされていて、これまでは主に観光客や帰省客が鉄道からマイカーへのシフトが進んできたものが、高速道路完全無料化となると鉄道の砦たるビジネス客、用務客にまで影響が広がるのはこれはもう、火を見るより明らかである。
実際にJR四国社長は「高速道路化により、年間30億程度の減収が見込まれる」として、現政権に「高速道路無料化」を見直すよう、発言している。

諸外国、欧州はもちろんだが、かの車大国である米国ですら「モーダルシフト」が進んでいる現状の中で、日本は全くその動きに逆行し、交通によるCO2大幅増加と言う道をあるいている。


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テーマ:政治・経済・時事問題 - ジャンル:政治・経済


鳩山政権 ― 外交と二酸化炭素

 2020年までに日本の二酸化炭素排出量の25%を削減するという目標を提示することで、鳩山由紀夫首相は華やかな首脳外交デビューを果たした。世にいう鳩山イニシャティブである。
 この鳩山イニシャティブはとてもよく出来ている。まず、「主要排出国が新たな枠組みに参加することを条件として」という限定がついている。鳩山イニシャティブには、「主要排出が新たな枠組みに参加しないのであれば、日本が二酸化炭素削減で目標を達成できなくても、他国に文句をいわせないぞ」という意味が含まれる。
 主要排出国の態度がどうであれ、鳩山イニシャティブは悪くても日本経済に対して中立だ。

主要排出国が新たな枠組みに参加する場合

 日本も他の主要排出国も、輸出製品には二酸化炭素排出削減コストが上乗せされることになり、日本にとって競争上の不利はない。他国が二酸化炭素排出削減のために日本から設備を買えば、輸出額は伸びる。
 国内に目を向けても、ある企業が二酸化炭素排出削減のために支出すると、そのための設備などを納入する別の企業にとっては収入になる。国内で二酸化炭素削減のための技術と設備を調達できる限り、経済は縮んだりはしない。

主要排出国が新たな枠組みに参加しない場合

 25%の削減目標から日本も解放されることにはなる。
 しかし、輸出企業にとっては、状況は大して変わらない。
 例えば、ヨーロッパ経済圏は自動車の排気ガスに含まれる二酸化炭素の量について徐々に規制を厳しくしていき、2020年ごろには10·15モードよりも値が悪くなりやすいヨーロッパ基準で24.4km/ℓくらいを達成していない車両ごとに、製造会社に罰金が科せられる予定になっている。日本のホンダフィットもマツダデミオも、今のままではヨーロッパ市場から締め出されてしまう。
 悪くいえば、二酸化炭素排出規制を謳い文句に、ヨーロッパは貿易政策で保護主義を実践するつもりだ。
 自動車からの二酸化炭素排出は全体の排出の半分ほどである。仮に日本がヨーロッパの基準を満たす自動車を作れば、それだけで25%削減という目標にかなり近づく。
 産業政策としても、鳩山イニシャティブは悪くない。

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東京オリンピック落選に思う
2016年オリンピックの東京落選を、心から喜びたい。

一体、どうして東京で開催するのか、その目的が全く見えなかった。
こんな指摘が新聞などに見受けられたが、そもそもそんな目的などなかったのだと思う。
結論から言うと、20世紀の幻影を追い求めていただけだったのだ。

「再び、東京へ五輪を」
この言葉を聞いていて、ふと浦沢直樹の「20世紀少年」を思い出した。
映画化されて話題となっている作品で、すでに内容をご存知の方も多いと思う。
「ともだち」という存在が日本を支配するという、ありえたかもしれないパラレルワールドを描いた作品だが、物語の中で「ともだち」が再び万博を東京で開催する場面があり、
この部分と今回の東京への五輪誘致が重なりあうように感じた。

浦沢直樹は現在は「やり尽くされた文化の模倣を繰り返しているだけ」とある雑誌のインタビューで述べている。
21世紀に入り早10年になろうとしているが、
私たちを取り巻く社会は、20世紀型の構造をいまだに引きずっているとはいえないか。
いつまでも右肩上がりの成長という高度成長時代の幻想を抱いているのだから。

今回の「東京への五輪招致」は、かつての20世紀型の日本の熱気を忘れられない老人と、新しい領域に踏み出す勇気のない一部若手アスリートたちが騒いでいた茶番劇だった。こう言い切っても、言い過ぎではないと私は思う。

必要なことは、20世紀の幻影を振り切ることだ。
もう、あの時代は過ぎ去ったのだ。
これから先は、もしかしたら私たちが経験したことのない社会が待っているかもしれない。

しかし、そのことを恐れてはいけないと、私は思う。
多くの人は、そのことに気づいていると信じている。
問題は、幻影に囚われた心の老いた連中が、枢要な位置にいたり、
声が大きく聞こえてしまうことだ。

(その問題児の一人に、大阪府知事の橋下がいる。WTCへの大阪府庁舎移転を、今年初めに府議会に否決されたにも関わらず、こりずにまたもや移転案を提出している。大体、災害時に機能するはずもない、橋でつながっているだけの埋立地に府行政の機能を移転すること自体、ナンセンスだ)

「成長することが前提の社会」は、終わりを迎えつつある。
代わって登場するのは、「”成長しつづけるという劇的な変化”のない時代」。
その社会は、今よりははるかに刺激の乏しい社会かもしれない。
退屈な日々かもしれない。
しかし、そんな日々が訪れることを、恐れてはいけないと思う。
逃れることなど、誰もできないのだから。





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