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北朝鮮のミサイルについて ― I

http://myp2004.blog66.fc2.com/blog-entry-147.html#comment790

ロボットの心配するならまずミサイルの心配をするべきですよ。

人によって心配の優先順位は違いますから、そこで べき 論は説得性がない。

私にとっても、北朝鮮のミサイルについての心配の優先順位はそれほど高くはない。何しろ、それについて個人でできることはほとんどないし、日本の国民全体としても、やはり、できることはあまりない。

そういうわけで、北朝鮮のミサイルについて、再び考え始めたのは最近のことです。

まずは、憲法第9条から考察してみます。

第9条 日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。

2 前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。

まず、「国権の発動たる戦争」は禁止されています。しかし、飛来する弾道ミサイルを迎撃しても、国権の発動にはなりません。「権力」や「権利」はその行使者の選択の余地を含んでいます。飛来する弾道ミサイルから国民を守るのは、国の権利ではなく義務ですから、一方的な防衛戦であれば、少なくともその開始時点に「国権の発動」はありません。

「武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する」とありますので、国際紛争を解決しない範囲内では、武力による威嚇も武力の行使も、日本国憲法では認められています。弾道ミサイルを迎撃しても、国際紛争は解決されません。国際紛争の解決には、外交により平和的に解決するか、軍事侵攻により敵性国家の軍事拠点を無能力化するか、いずれかの手段を取る必要がありますから、防衛のための武力行使は憲法に反しません。

「戦力」は「戦争を遂行する力」であり、「遂行する」は「最後までやり遂げる」です。日本には軍法がなく、軍事要員を戦場に強制的にとどまらせる仕組みがないので、日本の自衛隊は軍隊ではないし、戦力でもない。

この意見は政治的な意味での左派の間では異端ですが、私が思うに、対弾道ミサイル防衛システムは合憲です。

しかし、弾道ミサイルは音速の8倍から10倍くらいの速度で落下してきます。弾道ミサイルが事前の警告なしに発射されれば、それを迎撃ミサイルで撃ち落とすことは現在の技術では不可能です。

いや、まぁ、迎撃ミサイル以外の方法でならば、物理的には可能です。ちょっと前のことですが、コンピュータでシミュレーションを行ったことがあります。http://reviva.blog1.fc2.com/blog-entry-511.htmlに簡単にまとめました。スペースデブリをあらかじめばらまいておけば、96%を超える確率で弾道ミサイルを迎撃できます。しかし、それをやれば、人類は地球に閉じ込められ、もしかしたらあと数百年間も、宇宙進出が止まってしまうかもしれません。

大きな損失なしに弾道ミサイルを無力化する方法が今のところはないのですから、軍事的な解決の模索は下策です。


(つづく)

Lexar


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黄砂に吹かれて考えた
黄砂でぼんやりしている夕日は舞子海岸の春の風物詩

ここ数週間、関西では猛烈な黄砂が風に乗ってきます。
仕事の車も、一日走ると終業の清掃の際、拭きあげる雑巾が黄色く染まるほどで、雑巾を絞ったバケツの水も黄色く濁ります。

僕の住む神戸市の舞子は、瀬戸内海の東端にあたり、西風が強いのですから、黄砂の被害は他の地域より大きいのかもしれません。
ふと、「この空気を吸っているのか」と思うと、なんだか気持ち悪くなったりもします。

中島みゆきさんが作り、工藤静香さんが歌った「黄砂に吹かれて」を思い起こしたりもしますが、こと、現実にすさまじいまでの黄砂まじりの空気を吸うものにとって、そんな悠長な事は言ってられないと言うのが正直なところです。

僕は中国と言う国を嫌いではありませんが、こと黄砂に関する限り、「中国の野郎、自分ところの砂ぐらい、自分できちんと管理しろよ」と言いたくなります。




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日本のロボット技術がねらわれている!
日本のロボット技術が狙われている。
私はここ数年、ずっとこのことを心配してきた。
ただ今のところは、ソニーもホンダも軍事には協力しないと言っていて、
それに望みを賭けていた。

だが私は甘かった。今日の「クローズアップ現代」によると、日本のロボット技術はそんな大企業だけでなく、一般的には知られていない企業にもあるのだ。

自分で測量する船型ロボットや、農薬を散布するヘリ型ロボットもある。
船型ロボットには世界の多くの企業から問い合わせが来たが、
その中にイスラエル軍が含まれていたそうだ。

在日米軍はどの企業がどういう研究をしているか、盛んに情報収集していて、
目をつけると支援を申し出るという。
さらにイラク派遣以降、自衛隊がロボット導入に積極的になっているらしい。
企業の側も、外国の軍隊のように断固として断るのが難しいそうだ。

全てはイラク派遣から始まったわけだ。
全く痛恨の思いである。

で、三井造船の部長あたりはさっそくアメリカへ出かけ、
産業界が軍と一体になって開発を進めている様子に「衝撃」を受け、
「この遅れを取り戻さなくては」などとほざいている。
死の商人め。


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それぞれの語族とそれぞれの社会

どのような言語も、最初は抱合語と呼ばれる分類に属する状態に始まる。アイヌ語やエスキモー語は抱合語である。

語族が文字を使うようになると、文法が単純化し、抱合語は膠着語に変化する。日本語と韓国語はいずれも膠着語であり、言語としては若いほうだ。膠着語話者は人間関係の構築に時間がかかるので、人間関係を定型化する。世間体が重視され、年齢のわずかな違いにも上下関係を設定する。苦手だからこそ、「和」は「尊し」とされる。

長い時間の経過で、膠着語はドイツ語や英語のような屈折語に変化する。人称代名詞が擦り切れて小さくなり、全体的には伝達の道具として膠着語よりも優れたものになる。屈折語話者は、人間関係を素早く構築できるため、それを壊すことをそれほど怖れず、はっきりとした意見をいえるので、議論が得意だし、社会的合意を短期間に形成し、また、修正できる。枢軸国の降伏順序はイタリア、ドイツ、日本だった。イタリア語は屈折語として古く、ドイツ語はまだ膠着語の特徴を残す屈折語であり、日本語は膠着語だ。伝達速度の順になっている。

伝達の道具として洗練される一方で、屈折語は思考の道具としては使い勝手が悪い。単語が短いため音声を用いての伝達にかかる時間は短いが、伝達を受け取った側の頭の中では解釈処理負荷が大きい

  • I drew a map.(私は地図を描いた。)
  • I drew the veil over my face.(私はそのベールを顔に被った。)

「drew」の解釈は早い場合にでも目的語が登場するまで確定されない。実は、2つ目の文においては、「my」が登場するまで、「drew」の解釈は不定である。

I drew the veil ―(私はそのベールを描いた(?))
→I drew the veil over ―(私はそのベールを最初から再び描いた(?))
 →I drew the veil over my face.(私はそのベールを顔に被った。)

一方、目的語が先行する日本語では、動詞の多義性は問題になりにくい。

  • 私は約束を守った。(I kept my promise.)
  • 私は規則を守った。(I followed the rule.)
  • 私は彼女を守った。(I protected her.)

最近では、コンピュータプログラムも日本語のような記述をするようになってきている。

屈折語話者は考えるのに時間がかかるので、思考を定型化して大がかりな哲学を作る。

屈折語がさらに年月を経ると、思考効率が極めて低いが、伝達効率が極めて高い言語に到達する。こういう言語は孤立語と呼ばれる。現代の中国語は代表的な孤立語である。あれだけの大きな人口が1つの国に収まることができるは、孤立語あってのことだ。中国語がまだ屈折語であったころには、先の大戦までのヨーロッパのように、数多くの国々が相争っていた。

各語族に得意なことと苦手なことがあるため、社会の形態にグローバルスタンダードを設定するのは難しい。例えば、哲学への傾倒は思考を得意とする日本人の能力をむしろ束縛する。「皇国史観」とか、「自由競争」とか、そういうものにかぶれると、日本人は本来の能力を発揮できない。その一方、人間関係の構築を苦手とするため、どこかで個人が間違っていることに気がついても、社会全体としてそれを素早く修正することはできないのだ。

100年に1度といわれる金融危機に際して、日本経済は「出火元」のアメリカよりも深刻な痛手を被った。政治家たちは危機的状況を打開しようと頑張るが、政策合意に時間がかかってうまくいかない。そういうことが不得意なのだから、これはしょうがない。膠着語話者は社会的行為形成の素早さにおいて、屈折語話者や孤立語話者には遠く及ばない。

フィンランド語は膠着語と屈折語の中間くらいで、フィンランド人は教育に熱心だ。考えるのが得意なフィンランド人は、その強みを磨き上げている。アメリカ人やフランス人より、フィンランド人のほうが、日本人にとってのよい手本になりそうだ。


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