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日々の生活をする普通の人々が平和について考えるサイトです。本ブログは書き手によってカテゴリーを分けています。それぞれの違いもお楽しみください。 by MYP2004


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天下の愚策、定額給付金

よくもまぁ、こんなバカな施策を考えたものだ。
件の「定額給付金」のことだ。

マスコミでは連日、「高速道路1000円」と合わせて、
その恩恵を享受している国民の喜びの声を報じているが、
この「定額給付金」、2つの問題点があると思う。
(「高速道路1000円」も、なんとバカな施策だろう。
 地球温暖化が叫ばれる昨今、地球温暖化の是非を別としても、
 自動車をドンドン走らせ、排気ガスを撒き散らし、
 大気汚染を助長させているわけだ。)

さて、「定額給付金」の問題点。
一つは政府の責任放棄という点だ。
政府は国民から税金を徴収し、その税金を元手にし、
政府の方針に基づいて施策を立てて配分し、施策を実行する。
政府の存在意義はそこにある。
しかし定額給付金は、
  政府では何をしていいか分からなく、もうお手上げです。
  ついては、手を尽して集めたお金をお還ししますので、
  自由に使ってください
ということを言っているのに等しい。
これは政府の責任放棄だ。
「給付」する金があるなら、それを社会保障に使え。
失業者や生活保障のために使え。
そうやってこぼれそうな人々の生活と命を支えるのは政府の役割のはずだ。

二つ目の問題点は、定額給付金で一時的にしのげても、
抜本的な解決にはならないということだ。
今日本に求められているのは、根本的な構造改革だ。
自動車と家電の産業、それらを消費することで成り立つ社会が、
いかに脆弱であるかということを、私たちは今目の当たりにしている。
大量消費を前提とした社会は、もう限界だ。
成長を前提とした社会も、もう限界だ。
大体、いつまでも成長などできるわけがない。
生物だってそうだろう。
ある一定の大きさになると、物理的な成長は止まるはずだ。
いつまでも成長し続けるということは、幻想に過ぎない。
これからどういう社会を築いていくのか。
そういう青写真を描く努力をしているのか。
国民は、少しづつ気づきつつある。
(そうした気づきを恐れているのは、企業であり、政府じゃないのか。
「自分達の存在が危うくなる」ことを恐れてはいないか。)
「定額給付金」は、そうした今私たちが直面している問題の解決を忘れさせ、
先送りさせる「麻薬」のようなものだとは言えないか。

さらに悲しむべきは、
異を唱える声が、非常に小さいことだ。
マスコミは何をしているのだ。
ジャーナリストは何をしているのだ。


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今更ながら「ALWAYS 続・三丁目の夕日」
家族が借りてきてくれたDVDで、普段、テレビドラマすら見ない僕ではあるけれども、家族の勧めで焼酎をちびりちびりやりながら見ることにしました。
映画館には行く余裕もなく(電車を眺める余裕はあるのだけれども・・苦笑)映画といえば家庭でよほど気持ちがゆったりしているときに見るDVDやビデオ、それによほど気に入った作品が放送されるテレビ番組のロードショーくらいです。
こういった非文化的な生活に追われるのもまた・・底辺層の生活であるわけですが・・
ま・・それもまた人生かな。。

さて、「ALWAYS 続・三丁目の夕日」ですが、見た後の感想は・・まずまずと言ったところ・・
ストーリーの締めくくりがとってつけたようなハッピーエンドになるのがこの作品の評価を下げている感は確かにあります。
でも、もしもこの作品がハッピーエンドでないなら・・
昭和30年代前半は知らないとはいえ、後半や40年代前半を知る僕にとっては正視に耐えない作品になっていたのではと思いました。

下町の茶川や鈴木の苦悩は、そのまま、僕の父母や祖父母たちの苦悩です。
戦争の傷を心に背負い、それでも、必死に日常を生きる中、時としてその傷を思い起こしてしまう。
そういった人たちの大半は結局は大きな成功を収めることは出来ないし、ある意味では現実社会の中では苦悩に埋もれてしまうかも知れない。
それがまた現実であったわけです。

それでも、映画としては「小さな幸せ」を噛み締めるような終わり方をすることで、見る人の心は救われていきます。

昭和30年代、40年代ともに決して良い時代ではなかった。
貧乏はそこいら中にあり、庶民の苦悩は底がないほどに深かった。

僕が物心ついた頃、最初の我が家は・・2階建てのバラック小屋のアパートで、階段には砂が散らばり、建物に入ると小便の臭いがしました。
部屋はベニヤ板製の扉一枚で廊下と隔てられた3畳で、親子4人がここで寝泊りしていました。
両親とも散髪屋で働いており、子供も店に連れて行かれ、そこで面倒を見られたりしました。
父親の友人には警察官もいればヤクザもいて・・後年、そのヤクザに救われることになるのですが・・それはもっと後の話です。
場所は神戸の湊川・・神戸を代表する下町でもあります。
(といいつつ・・神戸の地形から、やや山の手側にあるのはまたご愛嬌ではありますが)
大通りには市電が走っていました。

物騒なことに、時折、拳銃が発砲するような音が聞こえ、隣人が血まみれで帰ってきた・・なんてこともありました。

今なら新聞種になっていたようなことも、当時では珍しくなかったのです。

さて、そんな時代を思い起こされる「ALWAYS 続・三丁目の夕日」・・
原作のマンガ作品は余り好きではないのですが、映画としては、僕としては珍しく画面に入り込む作品になりました。

同じ時代を活写しても「泥の河」のような文学的な作品ではありません。
見たあとに心に吹く風はさわやかで、少し軽いものを感じます。
このあたりが製作会社の思惑通りなんでしょうね。

でも・・少なくとも、当時の庶民の苦悩を笑い飛ばしながら描くことで、今の人たちにも受け入れられていったのでしょう。
今の時代は昭和30,40年代と違い、「努力が報われない」時代です。
努力すればそれなりの成果のあった時代の夢を見させることで、今の時代の人の心に訴えていこうとでも言うのでしょうか。。

鉄道ファンとして気になっていたのは、特急「こだま」のシーンです。
前作では大半が模型を駆使したものだったようですが、この作品では神戸市に現存する「こだま」の車両を使い、実際にその車両の周囲に東京駅のセットを組み立て、CGと模型を組み合わせて表現したようです。
鉄道ファンなら、当時の東京駅のシーンはまさに涙が出るほど嬉しいシーンではあります。
また、列車車内の様子も実物だけにまさに本物・・座席の背もたれの縫い目に・・あるいはカーテンの留め方に・・それが本物である証拠が映っています。
ただし、当時の「こだま」があんなに空いていることはなかったのではないかな・・
それと・・同じ鉄道ファンの気持ちとして・・東京都電が6000型ばかりなのは・・ちょっと不自然じゃないか??

画像は神戸市にある「こだま」車両です。



こだまの表情
神戸市の川崎重工にある「こだま」全景

テーマ:私が観た映画&DVD - ジャンル:映画


ヒンデンブルク予兆

ヒンデンブルク予兆はお金儲けに熱中している人々の間から生まれた知恵でありながら、格差社会に対して警鐘を鳴らすものです。

ヒンデンブルク予兆は、過去52週間の株式市場における株価変動の格差から算出され、暴落の前触れであるとされています。ヒンデンブルク予兆の要件を一般化したものを、http://reviva.blog1.fc2.com/blog-entry-1272.htmlにまとめてみましたので、興味をもたれた方は参考にしてください。36営業日内に2回発生すると、ヒンデンブルク予兆は確定されます。

以下、ヒンデンブルク予兆の観測はアメリカ市場での話ですが、日本にも大いに関係があるでしょう。

1985年から2005年までで、ヒンデンブルク予兆確定は22回発生し、4ヵ月以内に、そのうち6回は株価の15%以上の大暴落と金融不安に、3回は株価の10?14.9%の暴落に、3回は8?9.9%の鋭い下落に、5回は5?7.9%の下落に、3回は2?4.9%のやや穏やかな下げを見ました。的中しなかったのは残りの2回だけです。

全体的には楽観的な雰囲気もある中で、株価変動格差が1年間という短い期間で開きすぎると、株式市場は成長できなくなり、暴落するようです。

アメリカでは、1989年に、9月と10月にヒンデンブルク予兆確定が起こりました。1年に2回も起こるのは珍しく、その年に、アメリカの株価は38.2%の大暴落を被り、少し持ち直した後、さらに10%の下落を経験しました。2000年1月のヒンデンブルク予兆確定では、34.2%の大暴落が起こり、翌2001年6月の予兆確定では、25.5%の下落が起こっています。

1985年以降、アメリカで、暴落前にヒンデンブルク予兆確定が発生しなかったことは1回もありません。

2007年には6月と10月にヒンデンブルク予兆が確定しました。(個人的な経験を語ると、この年には、投資用集合住宅の購入を勧める電話が盛んにかかっていました。不動産業界にはある程度の危機感があり、何とか問題を個人投資家に押し付けたい気持ちがあったのでしょう。)

2008年の6月に発生したヒンデンブルク予兆確定の結果は1985年以来最大の金融危機につながり、今なお、株式市場で大底がどこにあるのかわからない。

日本で思い返せば、トヨタ自動車などの巨大会社が過去最高額の利益をたたき出している裏で、下請けは無理な増産を強いられ、労働者に占める非正規の割合はどんどん増えました。細かい計算をしなくても、我々は問題を体感的にとらえていました。  

テーマ:政治・経済・時事問題 - ジャンル:政治・経済


100年に一度の経済危機の中で考える アラフォーの未来
 アラフォーという言葉が定着した。アラウンド・フォーティー、つまり40歳前後の、主に仕事を持つ女性たちのことだ。アラサー、アラウンド・サーティーから派生し、天海裕希主演のドラマにもなって、市民権を得たようだ。

 均等法を意識することもないほど、仕事をすることが当り前になった世代。30歳までに結婚しなくちゃという縛りもなく、それなりに自由に生きてきて、気がついたら40歳目前、あるいは40歳を過ぎていたという感じ。若々しくて(実際、見た目も気も若い)、消費意欲も旺盛だから、マーケティングの対象としても注目されているのだろう。

 娘たちの職場にも、バリバリ仕事をしているアラフォーが結構いるそうだ。そういう娘たち自身、アラサーへの道をまっしぐらである。そうは言っても、やはり結婚も出産もそろそろタイムリミットなのが、アラフォーの辛いところ。ちなみに専業主婦、特に大企業勤務の夫を持つ専業主婦はアラフォーとは言わないと思う、私は。

 今や結婚は山田昌弘氏が言う通り、20歳ぐらいから「早くしよう!」と堅く決意し、「いい男はいないか」「この男は結婚相手としてどうか」と、絶えず考えていないとできない。そういうタイプじゃないと、男性の方も近づいてこない。

 アラフォーという言葉にはまだ、結婚という難問を抱えているというニュアンスがある。でもそのうち、アラフォーという言葉もなくなるかもしれない。結婚という形自体が、そう遠くない将来、劇的に変わる可能性もある。100年に一度の経済危機が、男女関係や家族の形を変えないはずはないし。
 

 

テーマ:とりあえず書いとこ ~ф(゜゜) - ジャンル:日記


生命保険というもの

サラリーマンである私も、ご多分にもれず、生命保険に加入している。
ゆえあって最近、自分の加入している保険の中身を確認してみた。

一応、自分が死ねば、多額の保険金が遺族へと支払われることになる。
それに、住宅ローン加入の際にも保険に加入しており、
自分の死後は自宅のローンの支払いは不要となる。
ま、大方こんな内容で、至極一般的なものだ。

今は、残った住宅ローンやこれから増える子供達の教育費などで頭を悩まされ、
そのために面白くもない仕事を一所懸命にやらないといけなく、
妻は家計のやりくりに必死になっている。

でも僕が死んで、保険金がちゃんと入れば、
とりあえずは多額の保険金が入り、住宅ローン支払いはなくなり、
少なくとも、今よりは大分助かることになるだろう。

そうか、僕は今のところではいてもいなくてもどっちでもいいんだ。
いや、むしろ、僕が死んで保険金が入ったほうが家族にとってはいいってことになる。

そう、僕は今のところは、いてもいなくてもどちらでもよい存在。
いや、存在しなくなった方が、家族は助かるような存在。

生命保険というものは、自分の存在をお金に置き換えてしまうものなんだろう。

そういうもんだとドライに考えるべきだろうけど、
何だか、淋しいことになってるなぁ。
一生懸命、家族のために頑張ろうって気が失せてしまう。
まぁ、もうそんな時代じゃないんだろうけどね。







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