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日々の生活をする普通の人々が平和について考えるサイトです。本ブログは書き手によってカテゴリーを分けています。それぞれの違いもお楽しみください。 by MYP2004


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愛国心批判 ― I

日本人全体を見れば、愛国心を口に出さないけれど、愛国心そのものは強い人が多いと思う。私の父は新聞で日本の新技術とかそういう記事を見つけ出す と、喜 々として1時間はそれについて語る。特許貿易で日本はアメリカに対して大幅赤字なんだけど、それでも日本が世界一だと思っている様子。


父が読んでいるのは朝日新聞。国家体制に批判的な朝日新聞も、国家実体 ― 国民 ― についてはものすごく愛国的だ。


で、そういう父を私はちょっと馬鹿にしてたんだけど、あるときNHK特集でカシオの工場がフレクストロニクスに買収されたことを知った。カシオの工場に技術指導に来たのはブラジル人。


もの作りの現場で、日本人はブラジル人に追い抜かれていたんだよ!


青天の霹靂 ― だったよ、あれは。しばし呆然としてた。それまで、特許では負けても、もの作りじゃ日本は負けない、と思ってた。神国日本への旧日本軍末端兵士の信仰と、日本のもの作りへの私の信仰に、大差はなかった。


それからいろいろ調べていくと、液晶テレビで日本は中国に抜かれているし、ブランドバリューで日本のソニーが韓国のサムソンに負けてるし、アメリカのチェイニー副大統領の血管には中国製のステントが入っている。


『プロジェクトX』を見てたら、戦後復興期の日本人は「日本はドイツに負けてる」とか「日本はアメリカに負けてる」とか思って、ミシンとか自動車とか開発してた。バブル以降の日本人とは全然違う。


「日本のここがダメだから改善しよう」という発想につながる愛国心なら大いに歓迎すべきなんだけど、今政府が音頭を取っている愛国心教育にはそういうところが見受けられない。


不健康なところをお化粧で誤魔化すにも、鏡を見る必要はある。


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テーマ:政治・経済・時事問題 - ジャンル:政治・経済


ある映画監督の死:国籍とは・・・
『ある映画監督の静かな死』

私が以前勤務していた外科病棟に、映画監督が入院してくるということで、ちょっとした話題に。
でも名前を聞いてもちょっと知らない。
知る人ぞ知る有名な監督さんだということだったけど、
病棟の誰もその監督を知りませんでした。

入院の時にはお弟子さんという人が数人付き添い、
度々着替えやら差し入れやら持って来てはお世話をしていました。
ただちょっとしたミステリーが…

『事情は何も聞かないで、どうか”コレ”でよろしくお願いします』
そうお弟子さんは深々と頭を下げて、私たちに言うのです。
”コレ”というのは健康保険証を見せないのです。
『お金は必ず現金で払いますから、どうかよろしくお願いします』
こちらとしては自費で払うと言っている以上、それ以上介入することもできず…

(保険証持って来ないなんて変わってるなぁ?
映画監督というだけあって変人なのかしら?
どんだけお金かかると思ってんのかしら?
そんな無駄金があるなら、もっと有効に使ったらいいのに…)
なんて私は思ってました。
それに、そんななのに部屋は個室ではなく6人部屋に入院されたのです。

そして、大きな手術をして、しばらく点滴による薬物治療もして、
それこそ毎月の入院費は100万円単位。
それでも毎回遅れることもなく、お弟子さんという人が医療費を払っていかれました。

『看護婦さん、いつもありがとうございます』
映画監督というから、どんだけ尊大ぶった人だろうと、実は警戒していた私ですが、
いやいやどうして、とても腰の低い、穏やかに話をされる、
とても瞳の奥に優しさを蓄えている人で、見た目も仙人のようです。

監督は何とか大手術を乗り切りましたが、すでに手遅れの状態で、
もう余命宣告を受けられていました。
本人への告知はなかったので、
早く病気を治して退院するんだということも話されていました。

痛みがだんだんきつくなってきて、モルヒネを使うようになっていたんですが、
我慢強い人で、よほどのことがない限りナースコールも押さなくて、
こちらが心配になって見に行くことも多かったです。
苦悶表情をしていて、『痛いんじゃないですか?大丈夫ですか?』と聞いても、
『ちょっと痛いですけど大丈夫です』と笑顔を必死につくろうとされます。
同室患者さんへの気配りもされる人で、同じ部屋の人からも慕われていました。

(いったいどんな映画を撮っている人なんだろう?どうして保険証を持って来ないのだろう?)
看護していく中でそんな疑問が湧いてきました。

食欲もだんだん落ちてきて、みるみる痩せてきて
『でも早く元気になるためには食べなくてはいけませんね。
頑張っているんだけど、なかなか食べれないんです』
監督、初めての弱音でした。

病気からして食べれないのは当然なんだけど、”治る”という希望を持って生きている人です。
人は希望がないと生きていけない。

『そうですね…別に病院食だけじゃなくてもいいんですよ。
何でも食べたい物を食べて下さい。
刺激物はいけないけど、差し入れしてもらってもいいから…
そうだ、お好み焼きとかどうですか?
あれなら栄養がありそうだし、柔らかくて食べやすいかも。
ソースの味が濃すぎると食べにくいかもしれないから、
そこは少し取って食べられたらいいですよ』

数日して監督のもとに行くと、差し入れされて食べた後のお好み焼きが残っていました。
『看護婦さん、ありがとうございました。
お好み焼きおいしかったです。
いつもよりもたくさん食べられました』
私は何もしてないのに、嬉しそうに私に感謝の言葉を何度も述べる監督。
本当に良かったと喜んでいた私ですが、それが監督の最期の晩餐になってしまいました。

それから数日ほとんど何も口にできず、点滴だけで栄養をつないでいて、
意識も混濁してくることが多くなってきて、そして私が夜勤の泊まりの夜。
意識が薄れ、本当にすぅ?っとロウソクの火が消えるみたいに静かに息を引き取りました。
延命処置はしないでほしいというのがご家族の希望でした。

監督の体をきれいにして、衣服を整え、死に化粧をして…
お弟子さんやご家族がドカドカ来て騒がしい…ということもなく、
本当に静かに亡くなられました。

看護師の私らが一仕事終えて、ほっとしているところに『困った…』
と主治医が頭を抱えていました。『死亡診断書が書かれへん』
聞くと戸籍がないとのこと!
ああー、だから保険証が持って来れなかったんだ、持っていなかったんだ!

ご家族とお弟子さんが来られ、事情を聞くと、
監督が若い頃に日本にやってきた中国難民であることがわかりました。
つまり不法滞在者。
数十年も不法滞在のまま、日本という国で映画を撮り活動していたんです!
私たちが聞いていた名前は日本名の偽名だったので、皆が知らなくて当然だったのです。
ちょっとビックリ!
お弟子さんも100人位いて、支援者も多いのだとか。

監督が主に撮っていた映画はドキュメント映画で、
アジアを中心にストリートチルドレンの支援活動をしているとのことでした。
映画で稼いだお金は、ほとんどそういった恵まれない子ども達のために使われました。
監督のそういった活動に共感した人々が、不法滞在であるにも関わらず、
監督の弟子になったり、お世話をしたり、公私に渡り支援を続けてきたんです。

(スゴイ!こんなことが、この日本であるんだ!
だからなのか、だから監督はあんなに穏やかな優しい目をして、
痛みに取り乱したりすることもなく、じっと耐え、
人への感謝をどんな時も忘れない人だったんだ!)

私は晴れ渡る空のようにスッキリした気持ちになり、
『看護婦さん、ありがとう』と言う監督の優しい笑顔を思い出していました。
そして私も心の中で、『監督、ありがとう』とつぶやいていました。
                 by ナウシカ




テーマ:政治・経済・時事問題 - ジャンル:政治・経済


自分の生きる時代を感じる?朝比奈隆の音楽から?
僕はほんの少し前まで、クラシック音楽にハマっていた。
音楽なしには、僕の人生なんてないとさえ思っていた。
そんな僕が、最近、ある時期からあまりクラシック音楽を聴かなくなった。


僕がクラシック音楽にはまるきっかけとなったのは、朝比奈隆の存在だった。
本格的にCDで聴き始めた頃、初めて自分でチケットを購入してコンサートに出かけた。
演目は朝比奈隆指揮/新日本フィルによるベートーベンのオペラ「フィデリオ」。
1994年の年末、昭和女子大学人見記念講堂での演奏会形式のコンサートだった。


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