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日々の生活をする普通の人々が平和について考えるサイトです。本ブログは書き手によってカテゴリーを分けています。それぞれの違いもお楽しみください。 by MYP2004


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スケールメリットの世の中
つい先日・・僕の住む町の直ぐ近く・・巨大ショッピングセンターがオープンしました。
いまだに周辺道路の混雑は続き、これまでは郊外の住宅地であり、交通渋滞とは無縁の存在だった僕の町でも、交通渋滞がひどくなってきました。

さて、景況判断では、兵庫県の景気は全国22番目に良く・・これは、ちょうど真ん中あたり・・決して景気の回復が実感できるわけではないと言うことを指しています。
事実、神戸市内の商業施設はみな、いまだに震災後遺症から脱却しえず、それが三宮であったにしても、大小の商店の苦悩は・・これがもはや普段の世間話になっているほどなのです。
さらにその神戸でも西側の景気は・・到底回復しているとは言えない状況です。

垂水駅前はダイエー撤退のショックから立ち直れず、都心の商店街はその中央部分では火が消えたようになっています。
舞子多聞線と言う幹線道路は舞子地域の重要な生活道路ですが、先日の駐車違反取り締まり強化のあおりを受け、飲食店などの撤退が相次ぐ状態・・
そうでなくとも、景気の回復の実感がない地域を襲う警察主導の市民への取り締まり強化は、生殺しの上に熱湯をかけるようなものであったわけです。

そこへ登場した「ブルメール舞多聞」という巨大ショッピングセンター・・
主要道路沿いにありながら、景気の回復実感のない既存商店を更に追いつめるのが、こういった巨大ショッピングセンターです。
大型店舗に出来ないことを小規模な店舗は実施すれば良い・・
こんなことを言う人もありますが、小規模店が実施して成功するとそこへ嵐のように大手が割り込んできて、一気に仕事を掻っ攫っていきます。
既に消費者の心は小規模の専門店にはなく、けれども閉めるにしても事業を継続するにしても、結局は見えるのは地獄に似た苦しみだけ・・

能天気な阿呆政治屋が「やり直しの出来る社会」などとほざきますが、彼らは所詮は、ある程度のレベルを持ったものしか脳裏になく、騙されてはいけません・・
更地の目立つ長田、須磨両区にも、巨大ショッピングセンターが次々にオープンしています。
人口は減ったまま・・
景気回復実感はないまま・・
そこへ大手の参入・・

年商100億目指すって・・ほざくショッピングセンターの開発を後押しする阿呆自治体首長・・
市民に神戸空港の借金を背負わせて、自分達はボーナスでお買い物ですか?
阿呆議員や市長殿・・

何処の国の話や・・目標年商100億・・を聞いた、地元商店主たちの嘆き・・
既にこの国ではある程度のスケールメリットがなければ商売は成り立つのが難しくなっているようです。

しかし・・そういう国って・・本当に国民に優しい国なんでしょうか?
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アンナ・カレーニナ
ロシアの作家・トルストイの作品「アンナ・カレーニナ」は、アンナ・カレーニナという一女性の破滅を描いた作品と言われているようだ。

初めて読了した時は、自分の欲望の赴くままに行動し破滅へと突き進んでいくアンナと、道を求め、精神的な向上を求めるコンスタンチン・レーヴィンを対比させ、レーヴィンの生き方を肯定する、というのがこの作品のテーマだと思っていた。

ところが、桑原武夫著「文学入門」(岩波新書)を読んでからは、そんな考えを一変した。
桑原氏の言葉を引用しよう。

 しかし、対立があることから、作者が究極において一方を否定し、
 一方を肯定したといってはいけないと思うのです。二つの世界  
 (注:アンナとレーヴィンの世界)はつねに交錯している。
 キチィ(注:レーヴィンの妻)はたまたま幸福な結婚をしたが、
 もしアンナの境地におかれていたら、あのように勝気で美貌の女
 です。やはりアンナのようなことをしたかもしれない。姉さんの
 ドリイは健全な家庭婦人になっているが、それすら姦通を夢想
 したりするのです。トルストイはアンナ=ウロンスキィ(注:
 アンナの愛人)の世界とキチィ=レーヴィンの世界を、一おう
 対立させているけれども、その底に人間としての共通なものを
 強く感じていた。だからこの小説は中絶もされず、また破綻を
 示さずに『アンナ・カレーニナ』として完成した、そう私は
 思うのです。

「アンナとレーヴィンの世界の対立」ととらえ、二人の世界を断絶させることは、トルストイの本意ではない。
トルストイの自画像といわれる求道のレーヴィンであろうと、アンナに誘惑され、なびきそうになった。
彼の妻キチィにもアンナのような生き方になるような可能性があった。
そうした人間という存在への深い眼差しが、「アンナ・カレーニナ」という作品にあった、というのだ。

世の中を善悪の二つに分かち、レッテルを貼るのは、とても簡単なことだ。
この世を清浄なものと穢れたものに分かち、清浄なものにしか価値を認めない、というのも簡単だ。

しかし、人間という存在は、そんなことで割り切れるものではないと思う。
そういう考えの果てにあるものは、自分と異質なものを排除しようとする「テロ」だ。
この考えからすれば、アルカイダとブッシュは同じ根から発したもの、といえるのではないか。

生命は、善にもなれば悪にもなる。
清浄なものと同様に、穢れたものの中にも価値を見出す。
そうした生命に対する見方が、今後大切になってくるのだと思う。

宮崎駿は自著「風の谷のナウシカ」の最後で、墓所の主と対決するナウシカにこう叫ばせた。

 墓所の主「お前は危険な闇だ。生命は光だ。」
 ナウシカ「違う、生命は闇の中にまたたく光だ。」

by兵士シュベイク




『源氏物語』と『君が望む永遠』

(LNC·ANEアラインメント論の最終回は次の機会に先送りとする。)

日本の物語史に名高い『源氏物語』の生まれとその後の数百年は、そう恵まれたものではなかった。

『源氏物語』が書かれた頃、物語はまだ芸術として高く評価される分野ではなかった。また、『源氏物語』は皇族や貴族の不義密通物語である。この物語 は、世俗権力が世襲権威に挑戦したことにより生まれたものだった。そして江戸時代まではポルノ小説として扱われ、昭和初期にも教育界で疎んじられることが多かった。

(中学生時代の俺も、たまたまゲージツになったポルノだと思ってたぜ。)

しかし、職業婦人たる紫式部によってかかれた『源氏物語』は、女性の自立の物語でもある。西洋に約1000年も先駆け、日本ではウーマンリブ物語が成立していた。物語の中で、光源氏に関わった女性はほとんど、出家している。当時、出家は女性が自立できる唯一の道だった。

(大人になって読んでみると、印象はかなり変わるもんだ。)

ウーマンリブ物語としての『源氏物語』で特に注目すべきは、紫の上と女三宮である。快活で聡明だった紫の上は、人生の半ばをすぎてから出家を望むようになるものの、光源氏に留められ、望みを果たすことなく鬱屈とした日々を送る。一方、当初は愚鈍といってもいいほどぼんやりした性格だった女三宮は、レイプされて柏木の子供を出産した後、柏木を一睨みで病死に追いやってしまうほどの大貴族たる光源氏を前にして、一歩も引かずに自らの出家を主張し、意志を貫く。

(源氏物語って、レイプ事件多いぞ。紫の上だって、少女時代に光源氏にレイプされ、そのままずるずると妻になってるんだ。それにしても柏木君、前天 皇の娘であり、光源氏の妻でもある女三宮をレイプするほどの度胸がある君が、光源氏の一睨みで病に倒れるなんて、なんなんだぁ?!)

2001年に、『君が望む永遠』という物語が日本に生まれた。もともとこれはポルノゲームとして作られたのだが、卓越したその物語展開が評価され、後に一般向けの深夜時間帯アニメ作品として生まれ変わった。

(俺はアニメから入って、大いに感動し、調べたらなんとエロゲーが原作だったんだよ。ヤバイ世界に入り込んじまった(^_^;)。このブログサイトの執筆陣から外されやしないか、少々心配だ。)

水月はオリンピックを目指す快活な水泳選手、遙は内気で絵本が好きな少女。

(遙ってある意味、男どもの妄想を固めて実体化したようなもんだねぇ。)

孝之に思いを寄せる遙を水月が応援し、孝之と遙はしばし幸福な時を過ごす。

(うわーっ、遙よ、そのおまじない、やめれ?。見てる方が恥ずかしいぞ。高校生にもなってんなことやる娘って、いるんかいな?)

( しかし、このおまじないが、後々まで、だんだん重苦しくなりながら物語に絡んでくるんだよねぇ。)

が、水月もまた孝之への秘めた思いを押さえがたくなっていく。ある日、水月が孝之に指輪をねだってデートに遅刻させたことで、運命は遙を交通事故に巻きこみ、植物人間にしてしまう。絶望に打ちひしがれる孝之を、水月は献身的に支え続ける。

(この部分は、男と女が逆ではあるが、『冬のソナタ』に似てる。『冬のソナタ』が後発なので、『君が望む永遠』のパクリだと疑う奴もいる。)

3年が経過して目を覚ました遙は、後遺症で記憶力と認知力が著しく低下していた。

(以下、詳細については自粛。)

過酷な運命に立ち向かうというよりも、むしろそれ少しずつ理解し、やがて全て受け入れていく遙の心の成長が美しい。アニメ版の物語は、遙が輝かしい未来への扉を開くところで終わっている。

(もしもこの作品が『冬のソナタ』以前に実写化されていたら、純愛ドラマブームは日本の作品から始まったかも知れん。これ作ったâgeさんにいいたい: この物語はエロゲーにゃもったいないよ!)

ポルノ業界はウーマンリブ論客たちから叩かれ続ける宿命を負っているのだが、ポルノゲームとして始まったこの『君が望む永遠』は、最終的に女性の自立の物語になっている。

水泳を断念し、狂おしく孝之を求める水月の姿は、出家を諦めた紫の上や恋人への情念で鬼と化した六条の御息所の姿に重なり、強く優しく成長し、夢を実現する遙の姿は、出家して自立を果たした女三宮の姿に重なる。

『君が望む永遠』のような作品に出会うと、現代の日本に生まれて良かったと思う。日本では、古典文学の美がポルノにさえ生きていると感じられることがある。それに、現代では、女性の自立の道は出家に限らない。遥には次の恋が待っているのだ。

By Lexar, also known as Leoneed



枝川朝鮮学校、見学記
 江東区枝川にある東京朝鮮第二初級学校が、都から立ち退きを迫られている。
詳しい経緯はこちら↓
http://www.jicl.jp/hitokoto/backnumber/20050307.html

 百聞は一見に如かず。私は枝川朝鮮学校の公開授業に行ってみることにした。80年代後半以降、再開発の対象になってきたこの地域は、あちこちに高層ビルが立っている。東京に住んでいても、生活圏ではない地域にはあまり行く機会がないので興味津々。きょろきょろしながら歩いて到着した。近くにはキムチを売るお店があって、「さすが、東京のコリアンタウン」と感心。
 
 朝鮮学校は最近、教育改革を行なった。北朝鮮が拉致を認めたことや、二世三世の意識の多様化、財政的危機などによる環境変化を受けて、従来の教育のあり方を見直したのである。私が行った公開授業も、その成果を見てもらうものだったらしい。入口で名前を書いたが、平日の昼間ということもあって、見学者はごく少数。それもたいてい報道関係者で、一般市民は私だけのようだった。
 
 言葉がわからないので、取り敢えず日本語の授業を見学。先生が「今日はお客さんが来てていますからね」と言い、子どもたちはこっちをちらちら見る。かわいい! 休み時間に廊下を歩いていると、「アンニョンハシムニカ!」と丁寧に挨拶してくれる。うまくリアクションできず、「はい」とか何とか言ってしまった。子どもたちの明るい笑顔が印象的だった。
 
 しかし、経済状態の逼迫ぶりも感じた。全てが老朽化している。トイレに行ったら、三つある個室のうち、二つは張り紙がしてあって使えなかった。一学年一クラスで、クラスには十人ぐらいしかいない。今は日本全体が少子化で、私の住んでいる新宿区も似たようなものとはいえ、生徒数の減少と困難な状況がうかがえる。朝鮮学校出身ということで、得をすることはないだろうから。
 
 「それならもう、なくなってもいいのではないか」という意見もあるだろうが、私には朝鮮学校の将来を心配していた、在日三世の友人の顔が忘れられない。実は、外国に定住した朝鮮半島出身者の中でも、こういう民族教育を確立した例は珍しいらしい。最近では韓国でも知られるようになってきて、見学者が来ることもあるという。
 
 私は朝鮮学校を、戦後の日本が生んだユニークな文化の一つと考えている。少なからぬ日本人がそれを支えてきた。これは続けていかないともったいない。民族教育を望む人がいる限り、思想の問題は抜きにして、こういう教育のあり方を受け入れていくことは、日本社会の文化的幅を広げていく上でプラスになるのではないだろうか。by G2




テーマ:中朝韓ニュース - ジャンル:ニュース


北朝鮮は、冷戦が育てたモンスター
北朝鮮問題を、現象だけ見て判断すると本質を見誤る。
「冷戦構造の遺物」だという認識が必要だ。

広島・長崎への原爆投下、朝鮮半島の分断。
大戦終結前から既に始まっていた米ソのイデオロギー対立は、
東アジアに計り知れない惨禍をもたらした。

その一方の主役であるアメリカに、いまだに依存し続ける日本外交のふがいなさ。
そして、そのアメリカにいまだに振り回され続ける東アジア。
何なんだ、これは。

アメリカは、イデオロギー対立の遺物を取り除くことに歴史的責任がある。
韓国や日本を危険にさらさないために、アメリカは北朝鮮との直接対話のテーブルにつくべきである。

北朝鮮は冷戦が育てたモンスター。
今私たちが直面しているのは、たくさんの人々の人生を歪め、人を虫けらのように犠牲にしてきたイデオロギー対立の遺物なのである。

北朝鮮があそこまでになるには、様々な経緯があった。
日本もまた北朝鮮という鏡に、歪んだ自画像を見なくてはならないだろう。
黒い霧に包まれた冷戦時代の日韓癒着はひどかった。
それらを栄養分として、北朝鮮はモンスターに成長した。

今、東アジアは歴史の清算を求められている。
軍備の増強ではなくて。 by G2


テーマ:気になるニュース - ジャンル:ニュース




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