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GO!GO!市音!大阪市音をほめる会 |
大阪城音楽堂で行われた宮川彬良と大阪市音楽団(市音)による 「GO!GO!市音!大阪市音をほめる会」に行って来た。
http://55shion.jimdo.com/
いやぁ、素晴らしかった。
いまや存亡の危機に瀕している大阪の文化を象徴すると言える 大阪市音楽団をほめよう、という意図で企画されたこのコンサート、 なんと宮川彬良曰く「私と友の会からのおごり」とのことで無料だった。
5月5日夕方5時55分開演で「GO! GO! 市音」の題名と、 さすがエンターテイナー宮川彬良の面目躍如といった感じで、 なんとも心にくい。
軽妙な宮川の語り口と楽団のノリの良さ! これまでコンサートは数知れなく行ってきたが、 演奏者がここまで楽しそうに演奏しているコンサートは初めてだった。
そしてサプライズが。 なんと、佐渡裕がゲストとして登場したのだ! それだけで会場のボルテージは一気に上がる。 さらに一曲指揮したのだが、市音の音質が一変、音量も一段大きくなった。
さらに淀工のかの丸谷明夫さんも加わった三人のトークがまた爆笑の連続。 きな臭い話を敢えて避け、音楽の持つ素晴らしさを前面に押し出した、 素晴らしいコンサートでした。
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関越のバス事故/元中国人運転手はなぜ、個人でバスツァーを企画していたのか |

関越バス事故の続報。 あの元中国人運転手、残留孤児二世だそうだ。 バス会社から名義を借り、自分で企画して中国から客を呼んで、 さらに自分でガイドも務めるバスツァーを実施していたとか。 ホテルでもその手配をしていた可能性が高いらしい。
日雇で、バス会社から仕事の依頼が来るのは月に一度位だったというから、 収入のほとんどは個人企画のバスツァーから得ていたのではないか。 生きていくために必死だったのだろう。
知り合いの通訳ガイドは早くから、こうしたツァーの実態を懸念していた。 このようなツァーが増えた背景には、とにかく中国人を呼ぼうという国の姿勢がある。 そして違法すれすれの実態を知っていて、見て見ぬふりをしている。 目先の利益のことしか考えていないのだ。 こうなることは目に見えていた。
とにかく何でも中国人頼みで、同じことを繰り返している。 80年代は雨後の筍のように日本語学校ができて、来日した中国人だちが次々に犯罪者に転落した。今は東大を筆頭に、大学が中国人をあてにしている。 最近は通信制高校まで、中国人の取り込みに必死なのだ。 そのうちトラブルが多発するだろう。
民主党の輿石幹事長は中国へ行って、「東北の被災地に来ればビザを優先的に出す」と言ったとかで、人民日報が怒っていた。 当り前だ。日本人だって放射線量を気にしているのだから。 百貨店も、恥ずかしげもなく中国人に依存。 今度お台場に出来たダイバーシティだってそうだ。 今どき、ファストファッションの店ばかり並べてどうする。 どうせうまくいかないだろう。
これが、国や財界が合い言葉のように繰り返す 「アジアの成長を取り込む」戦略の中身なのだから、お粗末の一語である。 要するに、中国人を「歩く財布」とみなしているだけだ。
こういう状況は日本だけでなく、台湾も韓国も、そして欧米もそうなのだろうが、日本が同じことをしていいのか。
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こんな奴のさばらしといたら、ニッポン妖怪の名折れや 〜1968年制作の映画「妖怪大戦争」〜 |

時は江戸時代。 遥か西方で目覚めた古代バビロニアの吸血妖怪ダイモンが日本に襲来、 伊豆代官を殺害し、代官になりすまして悪行を尽し人々を苦しめる。 異変に気付いた河童や油すまし、ろくろ首たち古来の日本の妖怪たち がダイモンに挑むが、完膚なきまでに叩きのめされる。
人間の協力を得て再び立ち上がった油すましたちは、日本全土の妖怪 に決起を呼びかけ、無数の妖怪がダイモンに立ち向かい、遂に追い払う ことに成功した。
随分昔に観た映画をふと思い立ち、レンタル屋で借りてきて観直した が、これがめちゃくちゃ面白い。
とにかくニッポンの妖怪たちが情けない。 ひょうきん者の河童は頭の皿を柱にこすりつけられ、ほうほうの体で 逃げるし、ろくろ首は長い首を結び付けられる。 挙句の果てに、人間が用意した魔よけの札で逆に壺に閉じ込められて しまい、身動きがとれなくなってしまう。
それでも妖怪たちは負けない。 リーダー役の油すまし(なぜか関西弁)はニッポン全土の妖怪を呼び 寄せて最終決戦に臨む。
ダイモンを打ち倒した後、妖怪たちはいずこともなく姿を消してしまう。 功を誇ることもなく、喝采を浴びるためにその姿を衆目に晒すこともなく、 「さあ、引き揚げよう」と奥深い森林へと帰っていくのだ。 なんともカッコいいではないか!
映画は時代の子とは言うものの、あくまで映画として楽しめばよい。 政治的な目線で見ることは、返ってその映画を矮小化してしまう。 だが、筆者には吸血妖怪ダイモンとグローバリズムが二重写しになって しようがないのだ。
過度な競争、自由主義、無責任な自己責任論、混乱の果ての英雄待望 など、日本には今、吸血妖怪ダイモンの如き魑魅魍魎が蠢いている。 人々は身動きがとれなくなっている。
こんな状況に対抗するには、たった一人の英雄などいらない。 日本の大地の底に眠る河童や油すまし、ろくろ首を呼び戻そうでないか。 私たちの中にいるはずの妖怪を呼び覚まそうではないか。
こんな奴のさばらしといたら、ニッポン妖怪の名折れや
油すましが言い放つその言葉のままに。
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日本企業は再び東南アジアに目を向け始めたが・・・ 「戦後アジアと日本企業」 |

かつて、大東亜共栄圏を標榜してアジアに侵出した日本。 多くの企業や従業員が外地に渡り、敗戦時には300万人に膨れ上がっていた。 そのうち半数が「満州」に、75万人が朝鮮に、40万人が樺太に、38万人が台湾にいた。
在外総資産も四割が「満州」に集中。 以下、朝鮮、華北、台湾、華中・華南、南方、樺太の順である。 その大半が民間企業の資産で、中でも工業と交通が高い比重をし占めていた。
ところで、朝鮮に残した資産の半分は朝鮮窒素のものだった。 後に水俣で大公害禍を生み出すことになる窒素は、農薬の生産によって農業を飛躍的に進歩させ、 国と一体になって日本の近代化に貢献した。 今で言えばサムソンのような企業だ。
で、戦後日本は再びアジアに進出しいてくことになるが、 それは当初インドから始まり、やがて東南アジアに向かった。 中国に向かうようになったのは改革開放以後だから、一番遅い。
いま中国の人件費高騰などによって、日本企業は再び東南アジアに目を向けはじめた。 ミャンマーへの先陣争いをしている。 だがアジア進出に当たっては、利益追求のみを考えてはいけない。 戦前戦後のアジア進出がどのように行なわれ、どういう結果をもたらしたか。 今一度振り返る必要があるだろう。
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NHK大河「平清盛」の悲劇/韓流ドラマの影響を受け過ぎて失敗 |

NHKの大河「平清盛」の視聴率が、歴代ワーストに近づいているそうだ。 狙いは悪くなかったのだが、色々と手違いが重なった感じである。
前回の「江」があまりにも不出来だったため、大河離れに拍車がかかったこと。 主役の松山ケンイチがミスキャストだったこと。 日本史上有数の悪役で、人気のない平清盛を主役にしたこと。 加藤浩次演じる海賊の頭目が、「パイレーツ・オブ・カリビアン」風で笑えたこと。 天皇家を王家と呼んで、ネット右翼の攻撃を受けたこと等々・・・
そこで、視聴率を上げるために過激な「濡れ場」を入れるという話は聞いていたが、 まさか男性同士の「濡れ場」だったとは・・・仰天した。 もっとも、「襲う」立場の藤原頼長役が大好きな山本耕史だったため、 私はしっかりと観てしまったが、正直な話、家族がいなくて良かったと思う。 あまりの反響に、土曜日の再放送には「12歳以下のお子様は」というクレジットが入るとか。いやはや。
このプロデューサー、子どもの頃に「獅子の時代」を観て感動し、 NHKに入って、最近では「鉄の骨」などのドラマを手がけた実力派なのである。 今までにないダイナミックな中世を描くということで、私はすごく期待していた。 天皇家を王家と呼ぶのも大胆な試みだったし、不評なのが残念だ。
大河の視聴率、いやテレビドラマ全体の視聴率が下がっているのだから、 あまり気にすることはないと思うが、現場はお葬式のような雰囲気らしい。 どうしてNHKが、視聴率のことばかり言っているのだろうか。
それより私が思うに、このドラマの最大の失敗は韓流時代劇の模倣をしたことだ。 ジェットコースターのような展開や昼ドラのようなどろどろした感じ、しばしば感情を爆発させる演技は、まさに韓流ドラマそのもの。友人も同じことを言っている。 ピアノソロでバラードを流すなど、音楽なんかそのまんまだ。 これが最大の失敗だろう。
日本の時代劇を韓流風にするとおかしい。 美学が違うからだ。 韓流ドラマの魅力は感情を爆発させるところにある。 しかし、日本はやはり抑制の美学でいくべきではないか。 そうでなければ時代劇は美しくない。
今「平清盛」を観ているのは、韓流ファンではないかと思う。 最近のNHKは韓流の影響を受け過ぎだ。 ニュースでも二言目には「韓国のスピード感に学べ」、 「アメリカとのFTAに踏み込んだ韓国に学べ」と言っているが、おかしいだろう。
日本には日本のやり方がある。 私は韓流ファンだが、主体性を喪失したようなこういうやり方には疑問がある。 グローバル化の時代だからこそ、足下を見失わないようにしないと流されるだけだ。 話がズレたが、私はこのプロデューサーを応援しているので最後まで観るつもりである。 この「失敗」で立場が弱くなることのないよう、切に願っている。
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